第15話
「《
何重にも交錯した血の檻がフェミナを囲むが、忽ち溶け落ちてしまう。
「そろそろ満足致しましたかしら?」
「はぁっ、はぁっ、まだまだ、これからよ!《
オルレアーヌは鮮血の鞭でフェミナを拘束しようとするが、フェミナの身体に触れた瞬間、黒ずんで皹割れた。
「はっ、はぁっ、ぅ」
オルレアーヌはもはや自力で立っていられないのか、その場で膝を着いてしまう。
「はぁ〜、あのね、オルレアーヌ。全盛期の貴女ならまだしも、今の腑抜けた蝙蝠娘じゃああたいに勝てっこないの!それに加えて無傷で捕らえようなんて烏滸がましすぎるの。今の感じなら何もしなくても力を垂れ流してるだけで勝手に死にそうでヒヤヒヤするの」
フェミナはしゃがんで頬付く。
「あたいの『腐触豊楽』と貴女の『天下血盟』じゃお話にならないの。せめてフランシスの『夜月闇姫』なら話は変わってくるかもだけど」
「ぐぅっ、はぁ、はっ、ぅ」
オルレアーヌは苦しげに呼吸をし始め、顔から滝のように汗を滴らせる。
「あー、でも、そもそも血液を力とする吸血鬼にとってはあたいは天敵そのものだったの」
「ガ、ガルマには、手を出さないで......」
「おーおー、あのオルレアーヌが慈悲を乞うなんて......本当に重症みたい」
フェミナは憐憫を含んだ眼差しでオルレアーヌを見下ろす。
「うん、心配しなくていいの。彼ならそろそろ朽ち果ててるはずだから」
もう骨すらも残っていないだろうとフェミナは鼻で笑いながら指を差す。
「フランシス姉様!僕は大丈夫だから!オルレアーヌ姉様が!」
「だーめ。まだ爪が生えきってない。それにあんなのお腹を下してるようなもの、ね?お姉様」
そこではフランシスがガルマに授血していた。ガルマはまるで赤子のようにフランシスに肩を抱かれ、血液パックを吸わされていたのだ。
「フランシス、姿が見えないからてっきり貴女はこのお人形さんを捨てたものだと思ったのですけれど......貴女もご執心?」
「ガルマは私の弟よ。それを人形扱いだなんて、また嫉妬?」
─ビキィ!
煤けた大地は水分を失い、土は裂け、底知れぬ闇を晒す。
「オルレアーヌみたいに苦しみたくなかったら、早くソイツを殺すの」
「お姉様が生まれた時も殺そうとしたものね。母様も呆れ返っていたわ」
「《
フェミナはフランシスたちに向かって鈍い虹色の鱗粉を撒き散らす。
「殺すつもり!?」
オルレアーヌは立ち上がろうとするが、手足に力が入らず、地面に滑り倒れる。
「焦らないで、オルレアーヌ。フランシスは死なないの」
お人形さんは死ぬだろうけど
「《
フランシスが羽をひとたび羽ばたかせると、鱗粉は虚空へ飛び散り、城周辺に漂っていた濁った空気、月を隠していた昏い雲を一瞬で吹き飛ばした。
「は、はぁぁ?」
驚いたのはオルレアーヌだった。フェミナに支配された空間内で魔法はおろか、己の能力すらまともに使うことができなかった。しかし、フランシスはフェミナの攻撃を打ち消しただけでなく、制空権を一気に塗り替えたのだ。
「臭いがガルマに染み付いたら大変。今すぐにでもお風呂に行かないと」
フランシスはガルマを抱えて、屋敷の中へと入っていった。
「タリア......」
フェミナは
「ね、ねぇ、本当に放っておいて良かったの?」
泡まみれになりながら、ガルマはフランシスに問う。
「まずは身体の汚れを落とさないと。話はそれからでいい」
フランシスはガルマの頭をわしゃわしゃと洗う。
「泡、落とすからこれに入って」
フランシスは等身大の水球を作り出すと、その中にガルマを入れた。
「よし、これでいい」
泡が十分に落ちたら、ガルマを球から取り出し、魔法による乾燥、着衣を済ませるとフランシスは満足気に鼻を鳴らした。
「さて、品性のない客には突き出しのお茶ももてなしの菓子も必要ない」
庭園の席に4人は着く。
最初から事態が飲み込めていないガルマ。終始冷静なフランシス。未だに呆けているフェミナ。訝しげなオルレアーヌ。
「まず、このような騒動が起こった原因は何なのか? 1つずつ整理しましょう」
「それはこの頓痴気が難癖付けてガルマを殺そうとしてきたからよ」
「フェミナ、どうしてガルマを殺そうとしたの?」
フランシスはフェミナに問いかけるが反応はない。
「フェミナ?」
「タリア......」
「聞いてる?」
「あれはまさしくタリアの生き写しなの!溢れ出る気品! 溶けるような白い肌!闇すら凪ぐあの羽ばたき! フランシス!やはり貴女こそ月夜の女帝を継ぐ者!」
フェミナは涎を飛ばしながら、フランシスに掴み掛かった。
「ぶべぁ!」
そんなフェミナの頬をフランシスは張り倒した。
「質問に答えて、フェミナ。どうしてガルマを殺そうとしたの?」
「あぁ、その冷酷さ。タリアに─「答えて」ユーロンの血の匂いがしなかったの」
「そう。それこそがこの騒動の要点。そしてお姉様と私が犯した大きな過ち」
「え?なによ?どういうこと?」
オルレアーヌは唇を曲げて悩むが一向に答えが出ない。
「ねぇ、ガルマ。ここに来てから、怪我したりとか鼻血を出したりとかしたことある?」
「え?ないよ。それがどうかしたの?」
「あ」
オルレアーヌは今まさに頭に浮かんできたと言わんばかりに間抜けな声を挙げた。
「開血してないじゃない......」
開血とは吸血鬼にとって産声を挙げることと言っても過言ではないほど重要な儀式である。
「はぁぁぁぁぁ!? まだ開いてなかったのぉぉぉぉぉ!」
フェミナ、本日2度目の絶叫を響かせたのであった。
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