第14話

「あ〜らあらあら、相も変わらずこぉんな小汚いところに住んでおりますのね〜」


 それは突然のことだった。いつものように庭で姉様たちと特訓をしていると、ゴテゴテの装飾を身にまとった僕と同じくらいの背丈の女の子と取り巻きたちが何の断りもなく敷地内へ侵入してきたのだ。


「あー、そろそろ来る時期だったわね」


 オルレアーヌ姉様は気だるげに溜息を吐いた後、何事もなかったかのようにそれらを無視して、僕に話しかけてきた。


「ガルマ、に構う必要はないわ。そのうち勝手に出ていくから」


 そう言って、また姉様は僕に魔法の指導をし始めた。


「この家の者は客を饗さないのかしら? ねぇ?」


「わぁ!?」


 いきなり覗き込まれたので、思わず驚いてしまった。


「ぶふ、「わぁ!?」ですって。なんてお間抜けな声なんでしょう」


「ガルマ、集中しなさい。力の流れが乱れてるわよ」


「で、でも、これじゃ集中なんてできないよ」


「へぇ〜、これが噂の人間に捕まって玩具にされてた憐れな弟君なのね〜。姉に似て、姉に似て、似て......」


 いきなり俯いて黙り込んでしまった。


「あの......」


「なくて可愛い!!!」


「わ!」


 女はガルマに抱きついて頬擦りをする。


「ぐぼぁ!」


 間もなく、オルレアーヌに弾き飛ばされる。


「物事には限度ってものがあるのよ、成金クソ淫魔」


「これが友人かつ恩人に対する仕打ちかよ...。それにあたいは淫魔じゃなくてインプだっての!由緒正しき悪魔なの!」


 鼻を押さえながら、インプは立ち上がった。


「あんたはでしょ。それにあたしから見ればどっちも同じ。人間を誑かすことで愉悦を覚える下品な種族。ガルマ、目を合わせちゃダメよ。腐るから」


 オルレアーヌは両手でガルマの目を覆う。


「キィィィィ!! 黙っててもムカつくし!口を開いててもムカつくゥゥゥゥ!」


 インプの叫び声が夜城に響く。


「あ、フェミナ・バフォメットだ。見つかると面倒だから早くガルマと一緒に隠れないと」


 フランシスは自室から飛び出し、ガルマを探し始めるのだった。





「さ、ガルマ。続けるわよ」


 オルレアーヌはフェミナを一瞥することなく、ガルマに話し続ける。


「いいの? 友だちなんでしょ?」


「いいのよ。ただの腐れ縁だから」


「ブフォ!」


 吹き出したのはフェミナだった。


「ちょ、ちょっと、貴女がそんな冗談言うなんて、可笑しすぎる......耐えられない......」


「え?えぇ?」


 この状況に全くついていけないガルマは狼狽えることしかできなかった。


「ごめんなさい、ガルマ。彼女は病気なの。主に頭の方がね。だから、どうか温かい目で見てあげてちょうだい」


「そうなんだ。なんだか可哀想だね。姉様の魔法じゃなんとかできないの?」


「おい、純粋すぎるだろ。そして優しすぎるだろ。こんなの惚れてまうやろ!」


 フェミナは再びガルマに抱きつこうとするが、またもやオルレアーヌに阻まれる。


「どういうつもりかしら?」


 オルレアーヌの目が紅く光る。


「......どうもこうもって確かめに来たのですわ」


 足元に繁る緑の草たちはたちまちその色を失い、朽ち果てる。


「その子、本当に貴女の弟?」


 一気に空気が張り詰める。生温い風が不快な臭いを鼻腔へ運ぶ。


「何を言っているのか解らないわ」


「ユーロンの者は常に血の匂いを絶やすことなく身に纏っているものですわ。それは貴女も妹のフランシスも例外なく」


「なら、あんたの鼻が腐ってるだけね。さっき一緒に食事を取ったばかりよ」


「あぁ、はしますわ。でも、がしない」


 ガルマの指先が黄色く変色し始める。


「あれ?」


「フェミナ、今ならあんたの好きな冗談で済ませてあげる。やめなさい」


 何だろうと手を顔に近づけようとすると、手首がポトリと地面に落ちた。


「なに、これ?」


「フェミナ!」


「もし、貴女たちがお人形さんで遊び呆けているのならワタクシが止めて差し上げます。だってそんな、ユーロン家には相応しくないですもの」





「うーん、これは本格的にまずいかも」


 庭から漂う腐臭に眉を顰めるフランシス。


。フェミナは腐っても黒山羊の頭バフォメットを冠する者。それに加えて相性の悪さ。きっと手も足も出ずに戦闘不能にされる」


 踵と爪先を交互に弾ませた後、フランシスは自室へと向かう。


「フェミナが判断したのなら、構わない」


 私が護るべき者は。寂しさを埋めるだけの肉人形じゃない。あの子がその資質を持たないのであれば私が護る必要も無い。


 あの子自身がユーロンの血を持つことを証明できなければ、今日フェミナ来なくとも、いずれ誰かに処分される......。


 ......。


 数十秒ほど固まった後、再び歩み始める。そして自室へ入るや否や、転移魔法で何処かへ行ってしまう。


 ねぇ、そろそろ決心は着いた?


 いつまでも迷っていたら、本当に取り返しのつかないことになるのよ?


 オルレアーヌお姉様
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る