第11話

ユーロン家は夜を統べる一族。


数多の眷属を従え、その栄華は幾千年にも及んだ。


その血は濁し。なれど、高貴。


圧倒的な力で敵を蹂躙し、血を貪る彼らはいつしかと呼ばれるようになった。


ユーロンは魔族の象徴。そう言われていた時期もあった。


しかし、それは極一部の地域のみ。この広い世界にはユーロンに並ぶ種族は多く存在したのだ。


1200年前、繰り返される魔族間の戦争に終止符を打つため、いくつかの魔族の長たちは互いに手を結び、魔族連盟を発足させた。地域、種族ごとに黒山羊パガネ深黯魚グラキェ和公ワコー洋焉エンデと分け、それぞれの領土を明確にした。ユーロン家もまた、その成立に一役を担ったといわれる。


故にユーロンの歴史は深い。由緒ある魔族の中でも古参であるユーロンは眷属以外にも多様な交友関係を築いていた。


ほんの300年前までは......



?」


「そう。その日を持って天、魔、人の境界線は消えた。光と闇を分けていた大きな蓋は開かれ、その間にいた人もまたその広き世界を知った。天はいち早く天蓋の消失に気づき、人間たちを祝福そそのかした。『我らの敵たる魔物を駆逐せよ邪魔者を消して土地を奪え』と」


「それが今も尚繰り広げられているの始まり。天は人類を兵として、また人類は亜人を隷として、亜人たちは怨恨を糧として、そして私たち魔はそれに抗わんとして刃を向ける」


凪ぐ風はおどろおどろしく、質量を持った生ぬるい空気が部屋を満たしていく。


「そして、今から32年前。当時のあたしは380歳、フランシスは252歳くらいだったかしら。それでも、あたしたちは魔族の中ではとびっきりの実力者だったわ。いいえ、


何やら少し自慢めいた言い回しだったけど、これから話すであろう内容の重さで気にも留めなかった。


「だからこそ、


オルレアーヌの発したその言葉にフランシスは目を伏せる。


「あの日の光景は今も鮮明に思い出せる」


『天・人類協定軍』の停滞期である現在よりも戦線が活発であった頃は、魔物も人も天使も見境なく争っていた。しかしある日、当時の当主であったブリシュ・ユーロンの妻であるタリアが新たな命を身篭った。


身重な妻を家に独りで置くわけにはいかず、2人の娘に戦場を託して、夫婦は屋敷でその時を待った。


そして、その時は訪れることはなく──


「荒らされた形跡も争った跡も無かった。ただ、忽然と屋敷にいた者が消えてしまった」


「ただ、呆然とするしかなかった。私は頭が真っ白になって、何も分からないまま、何も出来ないまま、時を過ごした。その間、お姉様は探知魔法を使いながら世界中を駆け回っていたのに、私は......私がもっと協力していれば─」


フランシスが頭を抱える。オルレアーヌは彼女の昂る気持ちを宥めるようにフランシスの肩を抱く。


「変わらないわよ。あんたが一緒に探したところで、結果は変わらなかった。あたしが見つけられなかったんだから、あんたに見つけられるはずない」


ガルマはただ息を飲むことしかできない。


「数年後、家に2つの頭蓋骨が送られてきた。あたしたちは一目でそれが両親のものだと分かった。ああ、思い出すだけでも血が煮えるわ。刻まれた数字と文字列。本当に憎たらしい」


熱気が部屋を突き抜ける。その怒気にガルマは悲愴を感じていた。


「オルレアーヌお姉様......」


「それから気の済むまで暴れてやったわ。目に入る人、天使、獣、魔族、見境なく鏖にした。


「ユーロン家の家訓は『』。あの頃の私たちはただの殺戮を繰り返す下賎なだった」


皮肉げに笑う2人の影は濃い。吸血鬼に影などできないはずなのに──


「ある時、人間の姉妹があたしたちを殺しに来た。大層な剣と杖を持ってたわ。傷だらけの身体に大きな隈を眼に蓄えて、ガラガラな声で叫んだの」


─親の仇!!!!!!


「手足が千切れても、眼球が潰れても、臓物が溢れても、真っ赤な目をして向かってきた。底知れぬ憎悪と狂気は彼女達の命が尽きるまで絶えることがなかった」


「それが辿だと悟ったとき、醒めたように気持ちが冷えていった。そして、あたしたちのやってきた事はだと気づいたわけ」


燭台の蝋燭が風もなく消えた。暗闇の中で姉様たちの口元しか見えない。


「それから戒めとしてあたしたちはを糧にしてきた。あんたが飲んだのはこの前採ったばかりの血だけど、それでも少し劣化してるからあんまり美味しくないでしょう?ごめんね あんたに罪はないのにあたしたちの我儘に付き合わせてしまって」


「いいんだ。そんなこと、どうだっていい」


世界はこんなにも残酷で、無情で、堪え難い。どうして、姉様が、父と母が、僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。


それでも、2人は、姉様たちはこんなにも


誇り高く─


「僕は姉様たちの弟でよかった」


そう零すと


姉様たちは嬉しそうに


笑った泣いた















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