第9話
「やあやあ、オルレアーヌちゃんにフランシスちゃん。それと、君は、ええと、見たことあるんだけどなぁ......」
第一印象はひょうきんな男だった。見た目も僕と姉様方とそうは変わらない。
「アンタが見た事ある訳ないでしょ。この子が消えたのはアンタがここに来る前のことなんだから」
「ありゃりゃ、そうだっけ?」
顔のパーツがコロコロと転がる。この表情豊かな感じはとてもじゃないが不機嫌とは思えなかった。
「それで、結局ソイツは何?」
瞬間、心臓が停止する。迫り来る憎しみと怒りの渦で溺れて何も感じなくなった。そこで近しく"死"というものを垣間見た。
「ガルマに手を出すな!!!」
崩れ落ちるガルマを見たフランシスは激昂し、男に飛び掛る。
「キレたいのはさぁ、俺のほうなんだけど。だってソイツ、どう見てもマーカス・ルデスオーガだろ」
男は掌を翳して構える。
「あの子たちに手を出したら本気でお前を殺す」
その眼は陽に反射する血液よりも赫い。
「ったく、はいはい」
オルレアーヌの言葉に男は溜息を吐いて手を下ろした。また、オルレアーヌは瞬時にフランシスを取り押さえた。
「落ち着きなさいフランシス。 ガルマはただ驚いただけよ」
「ガルマ......ガルマ......。ああ! そうか! 君たちの弟のことだ! いやー、そっかーそうやって誤魔化そうとしてんだ。なんでかなー、なんでかなぁー!?」
そこでようやく僕は意識を取り戻した。
「いや、待て、待てよ。もしかして。確かにそれはありえる。可能性はゼロじゃない」
男は顎に手を当てて、唸りながら体をくねらせる。
「お姉様、落ち着いたから離して」
フランシスがオルレアーヌの腕の中で踠く。しかし、オルレアーヌは一向に離そうとしない。
「ねぇ、弟くん?」
男が僕の顔を覗く。その瞳は僕の全てを見透かすように ギョロギョロ と蠢いて、脳味噌をかき混ぜられる感覚に陥る。
「うん、うん。ああ、これは確かにこれは君の弟に相違ないね。驚いた。そうなるのか。疑って悪かったよ」
男は顔を、腕を、全身をペタペタと触りまくる。全身を舐め回されているようで不快で仕方ない。
「あ、あ、ぁ」
その間、僕は恐怖で何もできなかった。
「これ以上、その汚い手で弟に触れないでちょうだい。いい加減にしないとぶっ飛ばすわよ」
「はいはい、ごめんってば。それで、今日は弟くんが見つかったことを言いに来た感じかな?」
「そういうことよ。やけにすんなり納得するのね。不可解だわ」
「大丈夫。俺、全部解ってるから」
「そう。それならあたしたち帰るから」
瞬きする間に、僕もオルレアーヌ姉様の腕の中にいた。
「そんなこと言わずにさぁ、これから一緒にお茶でも飲もうよ。さっき、ちょっとムカつくことがあったからさ」
「嫌よ。アンタとお茶するぐらいなら豚とでもお喋りした方がマシだわ」
「うーん、まだまだつれないなぁ。そこが良いんだけどね」
「本当気持ち悪い」
オルレアーヌは顔を歪める。そして、羽を広げ、転移魔法を使い、消えていった。
「ああ、愛しき我がオルレアーヌ・ユーロン。また、いつかあの美しき姿を見せておくれよ。それまで、もっともっと育てるからねぇ」
───......
「全く、会う度に不快指数が増すわね」
転移先は屋敷のエントランス。オルレアーヌは溜息を吐いて、2人を優しく下ろした。
「ガルマ、大丈夫? 何か変なことされてない? 何処か痛む? 気分は?」
フランシスお姉様が心配そうに僕の頬を撫でる。
「うん、何とか」
「さっきのが今の魔族連盟を治めてる レクイトス よ。数年前にいきなり現れたと思ったら魔王だなんて名乗り出して、それに反発する魔族の長たちを一掃して黙らせた。その恐ろしさはあんたでも分かったでしょう?」
オルレアーヌ姉様は汗まみれになっていた僕の顔をハンカチで拭いてくれる。
「う、うん」
「本当に一挙一動が癪に障る気色悪い奴だけど、強さだけは破格なの。だから、ややこしい問題になる前にあんたと会わせる必要があった」
「どうして?」
純粋に疑問だった。どうしてわざわざ僕を彼に会わせなければいけないのか。彼に会うのが嫌なのであれば間接的に伝えればよいのではないか。
「アイツ、あたしに気があるみたいでね。逐一、行動が監視されてるの。アイツはバレてないと思ってるようだけどあたしからすればバレバレ。だから、あたしが何も言わないまま、あんたを見つければ殺しに来たでしょうね。アイツ、男があたしに近づくだけで怒り狂って嬲り殺すから」
「じゃあ、僕は─」
実は、弟なんかじゃないんじゃないか? それは生き残るための都合の良い嘘で、2人は僕を助けてくれるために姉を演じているんじゃ──
「なーに変なこと考えてんのよ。もし、あんたが実の弟じゃなかったとして、どうしてあたしたちがそこまでしてあんたを助けなきゃいけないのよ」
「でも─「安心なさい。あんたはガルマ・ユーロン。正真正銘、あたしたちの可愛い弟。本当の家族なんだから」
その時のオルレアーヌ姉様の顔は微笑んでいたのに今にも泣き出しそうで、触れれば湖面の月のように歪んで消えてしまいそうだった。
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