第8話
目を覚ましてもそこは未だに夜であった。それを不思議に思ったので近くにいた姉様に聞いてみた。
「太陽は私たち吸血鬼の天敵。だから、ここはずっと夜のまま」
「そうなんだ」
「ガルマは嫌?」
「いいや。ちょっと気になっただけ」
そこで初めて自分が吸血鬼なるものであることを知った。でも、吸血鬼が具体的にどういった種族なのかは分からなかった。
「吸血鬼ってどういうものなの?」
「吸血鬼は魔族の中でも高貴な種族。研ぎ澄まされた魔力は多くの魔術を操り、肉体はあらゆる種族を凌駕するほどに強靭。そしてその下には無数の眷属を従えるの」
「ぇぇぇ」
自分がそんな種族であることに驚嘆して、言葉が出なかった。でも、それならどうして僕は人間に負けたんだ?
「僕は人間に負けるほど弱かったってこと?」
そもそも、なんで僕は人間なんかに─
「当時のガルマはまだ産まれてもなかった。今から鍛えたら強くなれる」
「あら、起きてたの?」
オルレアーヌ姉様が部屋に入って来た。
「あ、オルレアーヌ姉様」
「ガルマ、もう体は動く?」
「多分」
「そう。なら、あんたが見つかった事を報告しに行かなきゃならないから着替えて用意してちょうだい」
「どこに?」
「魔族連盟によ。あたしたち魔族の同盟組織。一応、伝えておかないと後々ややこしいから」
「へぇー」
「フランシス、あんたも着いてきなさい」
「勿論」
2人は僕をじっと見つめて待っていた。
「あの......」
「フランシス、あんたまだ《着衣》も教えてないの?」
「だって、さっき起きたばっかりなんだもん」
「仕方ないわね」
オルレアーヌが指を鳴らすと、ガルマの服装がガラリと変わった。
「今の術式、ちゃんと見えた?」
「ええっと、体に着いてた文字列みたいなの?」
「いいわ。帰ってから勉強しましょう。まずは魔法の基礎の基礎からね」
なんだかガッカリさせてしまったようで申し訳なくなる。
「全然分からなくてごめんなさい」
「いいのよ。知らなくて当然なんだから」
その時のオルレアーヌ姉様の顔は何だかぐちゃぐちゃに黒塗りされていて、よく見えなかった。
「行こう、ガルマ」
逆にフランシスお姉様は怖くなるほどはっきりと顔が見えた。赤黒い眼はしっかりと僕を見つめて、その声は新雪の朝のように静かに響いた。
──.....
「大きい......」
そこは大きな城であった。歪で非対称で不気味な城。見ていて不安になる。
「いつ見ても趣味が悪いわね」
「ガルマ、怖かったらお姉様が手を繋いであげる」
「い、いや、大丈夫」
中に入ると、まるで生きているかのように床や壁が脈動していた。
「おや、ユーロン嬢ではありませんか」
シルクハットを被った紳士風の細い鼻髭男。その淑やかな雰囲気は静か過ぎて生を感じない。
「御機嫌よう、ル・マン・ゲーロ。今日の髭も艶々ね」
「これだけは譲れない事ですから。して、そちらの男子は新しい眷属ですか? それにしては血色も良く、魔力も澄んでいるような気がしますね」
「生き別れた弟よ。消息不明になる前、母のタリアは身重だったでしょう? それをこの前見つけたのよ。人間の
わざとガルマとフランシスに聞こえるようにオルレアーヌは話す。普通なら隠し通したい事柄であろうことをズケズケと話すのでゲーロも少し狼狽えてしまった。もちろん、その
「た、確かに人間たちは我々魔族を使って何やら良からぬことをしていたとは聞いていたが、まさかユーロン閣下夫妻がその歯牙の餌食になっていたとは!」
「生きていたのはこの子だけ。後はご存知の通りよ」
「口惜しや。本当にお悔やみを申し上げる」
ゲーロは帽子を胸に当て、黙祷を捧げた。
「ありがとう。それじゃあ、あたしたちはアイツに報告しに行くから」
「そうですか。今の自称魔王殿は機嫌がよろしくないので、お気をつけて」
「ええ、またお茶でも飲みましょう」
ゲーロは帽子を上げて、その場を去っていく。
その際に
「閣下子息殿もまたお会いしましょう」
と話しかけられた。その声は生気が無いのにも関わらず、何となく温かみがあった。
「父は大昔ゲーロの世話をしていたらしいのよ。それから、ゲーロも度々父を助けて、ユーロンとゲーロは持ちつ持たれつの関係だったわ。父と母が消えるまでは」
「姉様。僕は、父様は、母様は、一体?」
「また帰ってからゆっくりと話しましょう。貴方が1度に受け止めるにしては大きすぎる話だから」
「お姉様.....」
フランシスは不可解だった。オルレアーヌの言動はもはや演技とは思えないほど自身らの事情に深く踏み入っている。
わからない。お姉様の考えていることが。 一時の戯れのつもりなら私たちの傷に触れさせる必要はない。偽物だってバレたらどうせ殺すくせに、どうしてそこまでして裏付けをするの? 手の込んだ
だったら、お姉様にとってのガルマは一体どういう存在なの?
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