第6話

 筋肉は稼動負荷に耐えきれず、ミチミチと千切れ出す


 傷ついた肺はさらに萎み、胞が漏れる


 心臓は「血が足りない」と、強請るように心拍数を上げる


 その勢いに血管たちは悲鳴を挙げて、のたうち回る


 だが


 最期まで止めるつもりはない


「《九夜・希月》」


「貴方のは確実に命を縮めている」


 少女は諭すように身を捻るが、段々とその余裕が無くなってくる。


「《十夜・佳月》」


「無理やりにでも止めないといけない?」


「《十一夜・夢月》」


「《血姫の痺縛プリシメイト・パラズ》」


 マーカスの動きが一瞬止まるが、瞬間、再び動き出す。


「効かない!?」


「《十二夜・幻月》」


 放たれた内の一撃が少女の腕を斬り飛ばす。


「まず─」


「《十三夜・白月》」


「《爆掌撃グラン・イオル》!」


 山一つ消し飛ばすほどの爆発が少女の手のひらから放たれる。


「このままじゃ、私が死ぬところだった...!」


「《十四夜・湛月》」


「嘘でしょ!」


 その姿はもはや人ではない。頭半分は消し飛ばされ、脇腹から臓物をぶら下げる。屍同然の殺戮の鬼が少女の両目と四肢を潰した。


「《十五夜・真月》」


「助けてぇ!ねえさまぁ!」


 もはや回避不可避の斬撃に少女は完全に戦意を失い、その場でへたりこむ。


夜帝の紅苑プライド・ツェペシュ


 無数の紅い棘がマーカスを貫く。


「よくもあたしの可愛い妹をここまで痛めつけてくれたわね」


「オルレアーヌお姉様ぁ!」


「いいからこれで早く傷を治しなさい、フランシス」


 オルレアーヌは傷ついた妹に血の入った容器を渡す。


、ノクスは4大貴族級の力を持ち合わせていた。でも、この人間がフランシスを追い詰めるほどの者とは言ってなかった。全くの見当違いだわ」


「お姉様。私、殺すしか方法が思いつかなかった」


 血を飲みながら、フランシスは涙声で話す。


「正しい判断よ。は死なないと止まらない」


 ......十...六......夜


「え?」


「《狂月》」


 穴だらけの鬼がオルレアーヌの首を跳ばす。


「姉様!」


 切り飛ばされたオルレアーヌの頭部が霧となる。霧は再び頭部を形成して胴体へと繋がった。


「こいつ、本当に人間?」


 オルレアーヌの目には困惑と焦りが見える。


「《下弦一夜・寳月》」


「《紅魔帝槍レグリアン》!」


 鬼の刃と吸血姫の槍が激突する。その甚大な力のぶつかり合いは、余波ですら離れた岩石をも破壊するほどに。


「ぐぅぅぅ!」


 オルレアーヌは数秒ほど踏ん張った後、刃先を右へと受け流した。


「あたしが、純粋に力で押し負けた.....!」


 息を切らしながら、即座に鬼の方へ体勢を向ける。


「姉様!」


「あんたは離れてて!」


「《二夜・飽月》」


「《付呪・鬼皇》!」


 刃は滑るように槍の腹をすり抜け、オルレアーヌの頭部を狙う。


 今度はこっちが受け流された!


 オルレアーヌは再び頭部を霧散させる。


 あたしに物理は無駄! ....ッァ!


 貫いたのは頭部ではなく心臓付近。剣先が触れた瞬間、反射的に身体をずらしていなければ心臓が潰されていた。


「ぅぅぅ!どんだけデタラメな剣技なのよ.....!」


 これからは全身を霧にしないと!


「《三夜・未月》」


「《姫の盲絡網プリンシアル・デバス》」


 フランシスが呪文を放つ。しかし、


「やっぱり効かない!」


「余計なことしないで隠れてなさい!」


 オルレアーヌは刃筋を捌く。


「《四夜・逅月》」


「くっ!」


 技を受ける中で、オルレアーヌはある違和感に気づく。


 この技、さっきのよりも─


「《五夜・湊月》」


「やっぱりそうだわ」


 競り合うことなく、刃は弾かれる。


「《六夜・熾月》」


「動きが鈍い」


 オルレアーヌは霧状化せずに太刀筋を避ける。


「《七夜・累月》」


「力も弱い」


 今度は槍を刃筋にぶつけて強引に太刀筋を変えた。


「《八夜・返月》」


「悲しい技ね」


 オルレアーヌは槍を構えることを止めた。寸の所で刃を躱す。


「《九夜・惜月》」


「月はいつまでも輝けない」


 オルレアーヌは目を閉じて、身を捻る。


「《十夜・焦月》」


「満ちてしまえば、後は欠けていくばかり」


 先程とは打って変わって余裕の表情で躱し続ける。


「《十一夜・追月》」


「もう自分が生きてるか死んでるかも分からないのに、まだあんたは剣を振るうのね」


 マーカスの動きが見るからに遅くなる。徐々に徐々にと。


「《十二夜・鈍月》」


「もういい加減休みなさいよ。見ているこっちが苦しいわ」


「《十三夜・待月》」


 その太刀筋は普段の彼のものよりも数段に鈍い。


「って、言ってもその様子じゃ無駄ね」


「《十四夜・余月》」


 もはや、立つことすら精一杯に見える。


「《十五夜・孤月》」


 刃は虚空に曲線を描き、マーカスは完全に静止する。


「これで終わり。貴方も満足かしら?」


 動かなくなったマーカスの顔を覗き込む。しかし、まだその瞳は光を失っていなかった。


「えっ?」


「《零夜・無月》」


 不可視の一撃。否、注意深く視ていれば躱せたかもしれない。しかし、何かに気を取られていた彼女は諸に左胸を貫かれた。


「どうして..........」


「姉様!」


 焦ったフランシスがマーカスを蹴飛ばす。


「馬鹿! あんたは離れていなさいってば!」


「姉様、大丈夫」


 フランシスが倒れているマーカスに近づく。その姿にもう焦りは見られない。


「もう死んでる」



































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