第7話
流動する記憶の中で君の顔が見えない
胎動する澱んだナニカが揺籃を求めて叫ぶ
僕はどこに?
俺は何に?
いいや、最初から違ったんだ
消えてしまったのは大切でいらないもの
それはまたひとつ
ひとつとしてふたつ
みっつと増えて混ざりわからない
片翼の赤子が天をさして
ぐるぐると廻る
やがて、僕らはとけておちて─
─.....
目を開けると、紅黒い瞳と目が合った。
「ウソ......。目覚めた...」
見覚えのない少女。誰だかわからない。
「お姉様ぁ!」
フランシスは慌てて姉の名を呼び、椅子の後ろに隠れる。
「そんなに叫ばなくても聞こえてるわよ」
真っ赤な部屋。なのに装飾は綺羅めいて、高貴だ。そして、二人の綺麗な少女たち。状況は未だ掴めない。それに─
「どうやらお目覚めみたいね」
「わからない」
「無理もないわ。だって─「なにも。全てが。ここがどこかもわからない。自分の名すらもわからない。僕は誰だ? 僕はなんだ?」
「......そう。 何もわからないのね」
「ごめんなさい。貴女達のことも一切わからないんだ」
「構わないわ。むしろその方が─いえ、なんでもない。今のは忘れて頂戴」
「もしかして、記憶喪失?」
椅子の影から、フランシスが顔を出す。
「今こうして生きている方が意外だもの。それ位は不思議じゃないわ。......ちょっといいかしら」
オルレアーヌは少年の口に指を突っ込んで無理やり口を開かせる。
「
「うん、成功してる」
口の中を見たオルレアーヌは分かっていたと言わんばかりに頷いた。
「あたしはオルレアーヌ・ユーロン。こっちはフランシス。そして、貴方はガルマ。あたしたちは姉弟よ」
「姉弟?」
「そう。あたしたち二人があんたの姉で、あんたが1番下の弟になるわね」
「ガルマ.....!」
その言葉に大きく反応したのはフランシスだった。
「私のこと、フランシスお姉様と呼びなさい」
椅子の影から飛び出したフランシスは偉そうに胸を張る。
「わ、わかりました。フ、フランシスお姉様」
「ふふん」
フランシスは満足そうに鼻を鳴らした。
「まあ、あたしのことは好きに呼びなさい」
「オルレアーヌお姉様......」
「無理に思い出そうとしなくていいわ。ゆっくりとここの生活に慣れなさい」
「はい、わかりました。オルレアーヌお姉様」
「そんな堅苦しくしなくていいわよ。あたしたち、姉弟なんだから」
微笑みかけてくるオルレアーヌにガルマは何となく安心感を覚えた。
そこに広がる光景に違和感はない。まるで本当の家族であるかのように、優しく柔らかい空気が漂っている。
「本当、人間たちに捕らわれた時はどうなるかと思ったけど、無事に戻ってきてよかったわ」
「僕は人間に襲われたの?」
「うん。私たちの領土を無粋に踏み荒らして、あろう事か命まで奪おうとする」
「そうだったんだ」
「そうよ。まだ完全には回復していないだろうから、もう少し休みなさい」
「うん。なんだか眠くなってきたから眠るね」
「おやすみなさい、ガルマ」
「おやすみ、ガルマ」
ガルマが眠ったことを確かめたあと、2人はその部屋から去った。
──....
「フランシス、分かってるわよね?」
月明かり照らされる廊下にてオルレアーヌは歩きながら背後に問う。
「うん。 でも、私は本当にガルマだと思いたい。だって、元の魂はもう枯れていたはず。ガルマは《私たちの血》で生まれた正真正銘の弟なの」
「そうよね、貴女はあれほど弟を待ち望んでいたものね。そう思いたいのも仕方ないわ。でも、よく考えなさい。彼は貴女を殺そうとした人間でもあるのよ? そんな人間を貴女は本当に弟と思える?」
「そんなこと関係ない。あの子はガルマなの」
「貴女が本当にそう思うのならそれでもいいけれど、1つだけ約束して」
「なに?」
「もし、彼が以前の記憶を取り戻してあたしたちに敵対するような事があれば、躊躇せず殺しなさい」
銀の魔力が空気を揺らす。その潮流に激しさはなく、ただ異様に冷たい風が流れるだけであった。
「なら、どうして冗談にもならない嘘を吐いたの? 」
「嘘でなければ真実でもない。あんたは感じなかった?」
「何が言いたいの? はっきり言ってよ。さっぱり分からないわ、お姉様」
「もう少しだけ時間をちょうだい。あたしにもまだ答えは出せないの」
オルレアーヌは影に身を溶かしてその場から消える。
「言い出したはお姉様じゃない。勝手に血を与え出したのも、弟のガルマだなんて言ったのも全部お姉様が言い始めたことなのに。わけわかんない!」
窓にはいつしか霜が張り、月光が乱反射していた。
──.......
「ちょっとだけ、見通しが甘かったかしら」
オルレアーヌは自室の窓辺に座り、グラスを傾けていた。
あの子には見えなかった。いいえ、あんなほんの少しの流れだもの。あたしですら近くで見なければ分からなかった
「さて、どう誤魔化せばいいかしらね」
あたしの仮説は恐らく気の所為で一蹴される。でも、あたしはあたしの感覚を何より信用してる。あの一瞬、確かに彼からあの風が吹いていた。
朧の夜に吹く紅き温風と千血の匂い。
それはユーロンの名を冠する者の気配に他ならない。
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