第4話
「君は本当に先生の生き写しのようだ」
ロックスは独り言を漏らしていることに気づいていない。それほど、マーカスの剣技に見惚れていた。
「確かに、紅鬼卿の倅には舌を巻かざるを得んな」
一挙一動の全てが教科書に載せられるような見本と成りうる。もはや彼自身が教官として指導すべきほどにその技巧は高められていた。
「《紅鬼・
幼少期のマーカスは暇さえあれば、母に教えを請い、その技を見ていた。まるで雑技団を楽しむ子どものように、齧り付いて、何度も、何度も、何度も母にせがんだ。母はマーカスが望むままにその型を披露した。短くても数時間、長ければ一日中続いた日もあった。日によっては同じ型を何回も繰り返すこともあった。それでも、母は嫌な顔ひとつせずにマーカスに自身の剣技を見せていたのだ。
故にマーカスの技は無意識の内に繰り出される。母から理論的な足の運び、剣の握り、関節と筋肉の動かし方などは一切指導されていない。
頭の中の映像を再現する。
マーカスはただそれだけを行っているにすぎない。
「彼の技には迷いも緊張もない。だからこそ、純粋で美しい」
言うなれば無我。そこには己の意思すらも存在しない。
「剣の腕は衰えていないようだな」
ギルディはぎこちなく顔を歪ませる。
「勿論です。貴方を護るために剣を握らない日などありませんでしたから」
マーカスは涼し気に敵を薙ぎ倒していく。また時折、後衛たちの分まで気を使ってモンスターたちを受け流すほどの余裕を持っている。
「今更媚びを売ったところで過去の罪は消えない」
「それは濡れ衣だと今の殿下に言っても聞き入れてくれないでしょうね」
「いいや、現にノクスが君の仕業だと言っているからね。言い逃れはできないぞ」
「そう、ですか......」
マーカスは諦めたように溜息を吐く。
本人がそう言うのであれば、もはや何を言っても無駄か。
「マーカス様、お腹は空いていませんか? 軽く摘める物とお茶をお持ちしておりますのでいつでもお申し付けください」
「大丈夫だ」
戦闘を終える度にラディは俺に飲み食いさせようとする。ありがたい限りだが、自分の心配もしてほしい。
「ああ、それなら私にお茶を貰えるかしら。詠唱してたら喉が渇いちゃって」
カリーナが右手で喉を仰ぎながら、ラディに手を差し出す。
「はい」
ラディは水筒を取り出し、お茶を注いでカリーナに手渡した。
「ちょっと、これ。味が濃いのではなくて?」
カリーナは一口だけ飲んで、残りを地面に捨てた。
「ええ。マーカス様のお好みに合わせてお淹れしましたから。カリーナ様のお口に合わず、残念です。......元婚約者でしたのにマーカス様のお茶の好みすら知らなかったのですね」
「今何か言いました?」
「いいえ、おかわりをお入れしましょうか?」
「結構よ。貴女のは不味いから」
「そうですか。ああそう言えば、昨年の舞踏会で出されたお茶とお菓子を美味しいと何度もおかわりされていましたね。あれほど美味しそうにたくさん食べていただき、作り手として嬉しい限りでしたよ」
「うるさいわね!いい加減黙りなさい!」
「これは失礼しました。カリーナ様とのお話が楽しくて、つい.......」
そうだな。こういう気丈な面も魅力的ではあるが、立場的にかなり危ういのでやめてほしいかな。庇えることなら全て庇ってやりたいが限度というものがあるから.......。
「娘らよ、喧嘩もいいが目的地に着いたぞ」
一気に視界が開けた場所に出る。学園のグラウンドほどあるだろうか。
「あとはその石板に名を刻むだけだ」
真新しい石板がいかにも重要そうに中央に立っている。
「これ、毎年運んでるんだろうなぁ」
「今年は僕が運んだんだよ」
ロックスが自分を指差す。
「お疲れ様です」
わざわざこんなデカいものじゃなくてもっと簡素なものにすればいいのに。
―――――
「ふむ。全員が終えたな」
石版に全員の名が刻まれた。
「では、戻るとするか」
「帰るまでが試験だから気を抜かないように」
皆が振り返り、帰ろうとする中、ノクス1人だけが立ち止まって石版を見つめていた。
「ノクス、どうしたんだ?」
ギルディが問いかけるが反応しない。
「ノクス?」
カリーナの声も無視する。
「一体どうした?」
ブルーゴルやロックスも不思議に思い、皆ノクスの方へ歩み寄る。マーカスとラディは立ち止まり、待つ。
「何なのでしょうね」
ラディが困ったように溜息を吐く。
なんだ?この言い様も無い不安は?
あまりにも不自然だ。
何が?
ノクスの動きだ。
それにあの場所だけ異様に空気が違う。
いや、違うのは──
「ラディ!!」
俺は咄嗟にラディの襟元を掴み、皆の元へと放り投げる。
「キャッ!」
突然の行動にラディは受け身を取れずに尻もちをつく。
「マーカス様! 一体何を......」
ラディの眼前にはマーカスはいない。まるで彼だけが世界から切り取られたかのように消えてしまった。
「あら、掛かった鼠は1匹だけ?」
その声は脳髄に深く響き染み込むように甘く、また恐ろしい。
「吸血姫 オルレアーヌ......!」
紅白む瞳に、吸い込まれるような金色の髪。その幼き姿とは裏腹に纏う妖気は桁違いに莫大。立ち振る舞いからもその余裕がとって見れる。
「へぇ、どうしてあたしのこと知ってるのかな? ノクス・ローン」
誰一人状況が飲み込めない中、ノクスだけが冷静に戦闘態勢を取る。
「お前は今ここで処理してやる!」
ノクス以外誰も何一つ理解できぬまま、大きな魔力が洞窟内で衝突した。
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