第3話

  俺の就寝は早い。陽が落ちれば、数刻も待たずに瞼が落ちる。特に、森の中は焚き火の柔らかい光と夜空に浮かぶ小粒の光しかないので余計に眠くなる。


「お休みになりますか?」


 食事の片付けを終えたラディが毛布を持ってきてくれる。


「あぁ」


 試験は1泊2日。最終地点であるボヌル山の洞窟までの道はそこまで険しくはない。比較的、誰にでも倒せるようなモンスターしか出てこないように調整されているため、当たり前なのだが弱いというもの事実。このまま行けば、彼に全て狩り尽くされて終わってしまう。


「おやすみなさいませ」


 いつもの癖か、彼女は俺の頭を撫でてくる。恥ずかしいから、外ではやめて欲しい。


 眼前に揺れる炎は俺を簡単に睡眠へといざなった。


 〜〜〜〜


「いいか! ルデスオーガの人間は、常に清く、正しく、強く在らねばならない!わかるか!?」


「はい!母様!」


「お前は聡い子だ、マーカス。お前ならきっと、紅鬼流の極意を身につけられるはずだ」


「俺も母様みたいになれる?」


「そうだな。私よりもずぅと強くなれるさ」


「本当に!?」


「あぁ、なんていったって、マーカスは───」



 .........



「母様........」


 また、いつもの夢だ。


 幼き頃、母様はよく俺に剣を教えてくれた。剣聖の名を賜ってから、忙殺の日々を送られて、俺に構う暇など生まれなかった。


  女性にして初めての剣聖に任命されるという偉業を成し遂げ、人類最強とも謳われた俺の誇りと憧れ。


「まだ少し暗いな」


 中途半端な時間に起きてしまったように思える。今から二度寝しては、起きるのが辛い。


「起きたのかよ、マザコン侯爵」


 思い切り殴り飛ばしてやりたいが、ここで揉めるのはまたややこしくなるので グッ と堪える。


「いい加減、言葉遣いに気をつけろ。ノクス男爵」


「なんでテメーなんかに敬語なんて使わないといけねぇんだよ。敵のくせに」


「もういい、話しかけるな。お前とは話にならん」


「俺に学科試験で負けた癖に、"馬鹿とは話にならん"みたいな雰囲気だしてら。他の人間と頭の造りが違うくせに俺なんかに負けて恥ずかしくないのかよ」


 彼は初めて会った時から、このように無礼な奴だった。母を侮辱された時は思わず、殴りかかってしまったがそのせいでギルとの関係が悪化してしまった。もはや、疫病神というより破壊神だ。俺の周りを全て破壊して回る悪魔だ。


「おーい、聞いてる?」


 こういうのは無視するのに限る。


「ふん、本当につまんないお人形さんだな」


 どうして、ギルやカリーナはこんな奴に惹かれているのだろうか。


 -.-.--


「では、本日も引き続き人命第一に頑張りましょう」


 今日はボヌル山の洞窟の最奥部まで行き、壁に名前を刻めば、後は帰るだけだ。


「今のところ、ノクス男爵を除いて皆満点である」


「な!?」


 驚きの声を上げたのはギルだった。


「どうして!?」


「昨日の失態は事故と言うにはあまりにも過失。失格でないだけ、ありがたく思って欲しいものだ」


「くっ!」


  なぜ、俺を睨みつけるのか。悪いのは其方だろうに。


「とにかく、今日は安全に取り組むように」


 諭すようにロックスは繰り返す。



「マーカス様、御喉は渇いていませんか?」


「大丈夫だ」


 全く、過保護というか、ラディは気を利かせすぎた。まあ、むしろそういう所が愛おしいというか、なんというか。


「チッ」


 前を向いていたカリーナが唾を吐いた。何か口に入ったのだろうか。



 洞窟に入るまでは、それなりにモンスターを討伐する事ができた。森の中では、やはり魔法よりも小回りが効く近接の方が有利なようだ。


「やはり筋がいいねぇ、マーカス君」


 剣を振るう度にロックスさんが褒めてくる。


「やめてくださいよ。恥ずかしいです」


「いやいや、本当のことさ。君が剣を振るう姿を見ていると、先生の面影を重ねてしまうくらいに」


 そうか。この人も母に剣を教わっていたんだ。


「母様は強かったですか?」


「そりゃあ、もう僕は足元に及ばないくらいに凄まじい人だったさ。今も昔も、あの人に敵う人なんているもんかって思うくらいに。それこそ、伝説上に出てくる生物くらいじゃないかな?」


 嬉しい。母様のことを褒められると自分のときよりも心が沸き立つ。


「その次に怖いのが君の父上だね。あれは本当に鬼だよ。自分にも他人にもね」


「申し訳ないです」


 父は昔から厳しい人だったが、母が剣聖になってから笑うことなど無くなり、ひたむきに強さという結果だけを求める人になってしまった。


 それは今の俺にも重くのしかかってくる。


「謝ることないよ。今の甘ったれた騎士団にはそれくらいが丁度いいのさ」


  数刻もしないうちに洞窟に着いた。


「ここからは決められた隊形で進んでもらう。前衛はマーカス、ギルディ、後衛はノクス、カリーナ、ラディとする」



  今までは別行動でも問題なかったが、これからは、やや難儀な事態になりそうだ。できるだけ、穏便に点数を稼ごう。


「僕たちの邪魔だけは本当にしないでくれよ」


「分かっていますから」


 正直、ギルの態度に少しイラついてきている。殿下と言えど元親友。親しかったが故にそのような感情も生まれやすい。


「それでは引き続き試験の方を進める」











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