第十二話 ~戦記好きのリーリール~

 子連れの貴族が、豪華な犬車から降りる。


ラボでは日常となりつつあるのではないだろうか。


豪邸の前にとまるべき犬車がヒデヨシの邸前にとまっている。


年齢を重ねたであろうしわ、白へと統一されつつある頭髪。


軍服とも貴族の礼服とも見える、引き締まった一張羅。


規律と秩序を体現したような貴族の後ろには、可愛らしい獣人の子供が手を引かれていた。


「お越しいただきありがとうございます、ダリス・バーンシュタイン伯爵様」


玄関口で、ヒデヨシはローズと共に一礼して迎えている。


「君がヒデヨシ君かな」


直立不動、全てが直線であると思わせる完璧な立ち姿を、ダリス伯爵は見せていた。


「おっしゃる通りです、伯爵様」


「オーガスト伯爵が、君に会うべきだと言う。貴殿の才を確かめに来た」


「ローズマリー様、お久しぶりです、リーリールです。僕、ラボの街を見て回りたいです」


獣人の子供が、目をキラキラさせながらローズに声をかけた。


「こらリール、お前は客間でおとなしくしていなさい」


頭の上には大きな耳、顔中に広がる茶色の毛並み、目の周りだけは黒い事が特徴のリーリール。


彼は大きな耳を下げ、あからさまにしょんぼりしていた。


「ダリス様、お話はお時間がかかりますし、わたくしは参加する必要はございません」


「わたくしも、リールに街を案内したいですわ」


ローズの言葉に、リールの耳は激しく揺れる。


「ローズマリー君・・・、リール、くれぐれも失礼の無いようにな」


ダリス伯爵は眉間にしわを寄せつつも、優しくリールに言い聞かせた。


「それじゃあリール、案内するわ。まずどこへ行こうかしら」


「僕、かっこいい像と剣が見たいです」


「う~ん、ラボには像は無いかなあ・・・、まあ行きましょうかリール」


尻尾を振り回すリールを、ローズが手を引いて歩いていく。


「ヒデヨシ殿、息子が話を切ってしまったな、申し訳ない」


ダリス伯爵は、綺麗な姿勢で少し頭を下げた。


「元気で良いと思いますよ、それにしてもリーリール君は獣人の血が色濃く出ているのですね」


「妻のアリアがハーフでな、五人の子のうち、リールだけに獣人の血が強く出た」


「先祖帰りと言うやつでしょうか、可愛いですね」


「末っ子な事もあってか、アリアは特に可愛がっている、私もずいぶん甘やかしてしまった」


「可愛い息子を持つと、気苦労が絶えませんね」


「はっはっはっ、若いのにそう言うことがわかるのかね、面白い男だ」


ヒデヨシとダリス伯爵は、他愛もない話しをしながら迎賓室へ足を向けていた。





 「それでね、ローズマリー様、エリオノール兄さまの剣は片刃の曲刀なのです」


リールはベンチに座り、足をパタパタさせながら話す。


「リールは本当にエリオ様がお好きですね」


「はい、エリオノール兄さまはジェロニアに行けるほどの勇者です」


「ふふ、自慢のお兄様ですね」


ローズは優しくリールの頭をなで、リールの耳が動く。


「それじゃあリール、次はどこに行こうか」


「僕、戦記が読みたいです、ラボで図書館とかありますか」


「図書室は無いけど、邸に戦記もあったかしら・・・」


「そうだ、ローズマリー様、ゴルゴラルダの戦いをご存じですか」


リールが満面の笑みでローズを見つめた。


「あまり詳しくないわ、400年ほど前の英雄譚だったような」


「そうです、三万の兵で十五万の軍勢を打ち破った、軍師コールウェン様の戦記です」


「コールウェン様は平原の合戦でわざと風上を取らせ、敵の背後に火を放ちました」


「敵陣は後ろからくる火と、前方の敵の対処を迫られて混乱」


「混乱に乗じて、偽の伝令を流した上での各個撃破」


「十五万の軍勢を壊滅させ、コールウェン様は敵将を捕らえました」


「そんなすごいお方だったのね、リールは詳しいわね」


リールは自慢げに、あごを上に向けた。


「そういえば、書斎にジェロイ様の戦記があったかしら」


「本当ですか、是非読みたいです」


リールの元気な返事が、広場に響き渡る。





 メイドのカナンが、二つのカップへ紅茶を継ぎ足す。


「ヒデヨシ・ハシバ、本当に可能だと貴殿は考えているのかね」


「条件自体は厳しいですが、不可能では無いはずです」


迎賓室で対峙する二人、ヒデヨシとダリス伯爵は互いを真っ直ぐ見ていた。


「理屈はわかる、わかるのだが・・・」


「ジェロイ様の庇護下では行われていた事です、庇護無しで行えば良いと言うだけです」


「庇護・・・、守られていた・・・か」


ダリス伯爵が、目を閉じ天を仰いだ後、ヒデヨシを見た。


「そう、守られていると同時に、ジェロイ様は恐怖の対象だった」


「ジェロイ様に滅ぼされないよう、その怒りに触れないように行われていた」


「ダリス様、この世界は絶対的な力による恐怖で、300年の平和が維持されていました」


「やり方はともかく、ジェロイ様は偉大です」


「ジェロイ様が失われ、抑えていたものが飛び出し、戦乱の世が生まれました」


「それが、一人の王、その問題点・・・か」


「ご賛同頂けないでしょうか」


ダリス伯爵は、乾いた喉に紅茶を押し込んだ。





 「ヒデヨシ殿、交易の件は進めましょう」


「しかし、もう一つは少し考えさせてもらえないだろうか」


貴賓室で会談する二人は、ダリス伯爵の返答を最後に部屋を出た。


「ローズマリー様、僕これ知ってます」


書斎から元気な子供の声がする。


声の主に心当たりがあるヒデヨシとダリスは、書斎の扉を開けて見る。


「ジェロイ様が両断した、エベレ山の逸話ですよ」


「あら、ヒデヨシ様、ダリス伯爵様、お話は終わりましたか」


扉を開けたものに反応するローズ、リールはまだ止まらなかった。


「ジェロイ様の剣戟はすさまじく、振り下ろした剣でエベレ山を両断した時の事を書いた伝記です」


「リール、お父様達がいらっしゃったわ」


「あっ、お父様、申し訳ありません」


「リール、お前の悪い癖だ、夢中になると周りが見えなくなる」


「若かりし頃の、ジェロイ様の伝記がありました」


「それで、つい夢中になってしまって・・・」


可愛いリールの言い訳に、誰も咎める事が出来ずにいた。


「ダリス伯爵様、そろそろ会食の時間になります」


「ローズも、皆さんでグリムウェルへ向かいましょう」


リールが半開きの本を握りしめ、ローズはリールの頭を撫でた。

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