第十一話 ~ローズの決意~

 「それじゃあ、行ってきます」


「カール、月並みだけど、君が強くなって帰って来ることを期待しているよ」


ヒデヨシとカールは、握手をしてそれぞれの道へ分かれた。


この道がどのように交わり、ぶつかるのかは誰にもわからない。


カールは一匹の騎竜に乗り、グリムウェルで待つオルカー子爵のもとへ走らせる。


「ヒデヨシ様~、カールって騎士とかになるのかな~」


レオナが、首をかしげながらヒデヨシに問う。


「流石に爵位もないカールでは騎士は難しいんじゃないかな、兵士長くらいにはなって帰るかもしれないね」


レオナの尻尾は、くねくねしながら跳ねまわっていた。





 ラボの日常、大きくなるにつれて増えていく音。


増えていく音達は、減った音には気が付かない。


「ロイ、何人がジェロニアへ連れていかれたのか聞かせてほしい」


「合計四人が訓練の名目で連れていかれました」


ヒデヨシの邸、いつものように紅茶を手に二人が話す。


「良い策略を考えるものだ、エドガーか周辺に良い策謀家が居るようだな」


ヒデヨシが、珍しく苦い顔をして話した。


「目的は支配地域から戦力の引き抜きでしょうか」


ロイも紅茶の味に似合わない顔をしている。


「それも込みだが、新の目的は違うな」


「ジェロニアに連れて行き、エドガーへの忠誠心を植えつけさせる」


「グリムウェルの騎士や兵士を、ジェロニアの諜報員として利用できる」


「それは、まずいですね・・・」


「ジェロニアに貢献すれば、地位が得られると言われたら私も従うだろう」


「おそらく、四人とも問題なくジェロニアから帰っては来る」


「対策を考えないといけませんね」


ヒデヨシとロイは、ルシアの入れた紅茶を飲み続けていた。





 「それが、クロストのカタログと言うものですか」


一つの本を手にしているヒデヨシに、ローズは声をかけた。


「ああ、ようやくグリムウェルとクロストの輸送が確立したからね」


「グリムウェルの商会や商人向けのクロスト商材リスト、なかなか面白い品がある」


「クロストは技術の街と言われていますので、良い工芸品や切れ味の良い包丁もありますよね」


ローズは、クロストのカタログを覗き見る。


「わたくし、包丁と髪を止めるバレッタなどが欲しいです」


「それならタダンの店だな、あいつはもう仕入れを始めたらしいぞ」


「タダン様、ラボに来られてからあっという間で、本当に素晴らしい商才を持った方ですね」


ローズが、手をたたきながら称賛した。


「今日は予定も少ない、ローズ、後でタダンの店を見に行こうか」


「ありがとうございます、ヒデヨシ様」


ヒデヨシの邸では、相変わらず仲の良い二人の姿が見て取れた。





 ローズは、自室のベッドの上で綺麗な髪留めを見ながら考えていた。


綺麗な花束を模した加工、美しい光沢をした金属のバレッタ。


ヒデヨシ様と一緒に選んだわたくしの宝物。


四か月、ヒデヨシ様と過ごし、わたくしには気が付いたことがある。


ヒデヨシ様の優しさは、誰に対しても違いは無い。


お父様にも、カールにも、レオナにも、酒場のアリスタにも、邸のメイドとなったカナンにも。


わたくしに対する優しさも、他と違いは無い。


わたくしは、ヒデヨシ様にとって特別な存在ではない。それがとても悲しい。


時折、心を通わせたように思う事がある。


でもそれはほんのわずかな時間で、すぐにお優しいヒデヨシ様に戻ってしまう。


本当のヒデヨシ様はどこにいるのかしら・・・。


ローズはしばらく花束の加工を指でなぞり、その精巧さを確かめていた。


ローズの指が止まり、その瞬間ベッドから体を起こした。


上体だけを起こしたローズは、目に涙を浮かべている。


そうか、ヒデヨシ様は孤独なのだわ・・・。


ヒデヨシ様は、お父様に召喚されてこの世界へ来たお方。


家族も友人も知り合いもなく、突然この世界へ呼び出された。


お父様がヒデヨシ様を見捨ててしまえば、ヒデヨシ様にはもう頼るものが無い。


ヒデヨシ様は、見捨てられないために優しくされている。


だから誰にでも優しく、決して誰にも気を許す事をしない。


ヒデヨシ様のお優しい言葉、わたくしにかけて頂いた言葉もきっとそう。


わたくしは勘違いをしていた・・・。


この恋はただの幻想。


ローズの涙は止まらなかった、頬をつたい流れ落ち、左腕と右足に落ちた。


それでも、ヒデヨシ様の優しさでわたくしは救われ、研究で国は次第に豊かになっている。


カールは、ヒデヨシ様の言葉でずっと強くなり、国を守るための強さを求めてジェロニアへ向かった。


ヒデヨシ様の優しさがお父様を動かし、二つの街で同じ商品が買えるようになった。


ヒデヨシ様の優しさは本当に嘘で作られたものなの・・・。


ヒデヨシ様は自分の優しさの正体を知っているから、気が付かれるのを恐れているのかもしれない。


わたくしは、ヒデヨシ様を孤独にさせたくない。


ヒデヨシ様の優しさを嘘だと思っているのは、きっとヒデヨシ様だけ。


優しくされた者たちには嘘じゃなかった。


優しくされた者たちは、ヒデヨシ様を慕い恩を返そうとしている。


わたくしもそんな優しくされた者の一人。


必ず、わたくしを愛していると言わせてみせます、ヒデヨシ様。


硬く拳を握りしめ、口を結ぶローズ、涙はいまだ止まらず左腕から左足へと落ちた。


「必ずあなた自身の力で気づいてもらいます、覚悟してくださいヒデヨシ様」


ローズの覚悟が言葉になったが、それを聞いたものは誰も居なかった。

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