第十話 ~カゼの村のカール~
ラボのありふれた日常、訓練場では音が響き続けていた。
木で叩く音、金属で叩く音、突き刺すような音に風を切る音。
それらは複数絡み合い、混ざり合う、これが訓練の音。
ヒデヨシとカールは、木剣を手に対峙していた。
ヒデヨシの連撃を、カールは最小の動作で受けてかわす。
カールの直突きは鋭く走り、ヒデヨシの胸をかすめて過ぎる。
かわす事だけが出来たヒデヨシは、カールの次を認識することが出来なかった。
突きをかわすために半身になったヒデヨシを、カールはおもいっきり蹴飛ばす。
「ぐえっ」
カエルのような声を上げ、転がるヒデヨシ。
「相変わらず、あんまり上達してませんね、ヒデヨシ様」
カールは、ヒデヨシを助け起こしながらいつもの言葉をあびせた。
「カール、あんたはなんでそんなにヒデヨシ様に辛辣なのさ」
顔は人だが耳は動物のよう、頭髪と同じ茶色の毛で覆われた耳は人と同じところについていた。
「レオナ、ありがとう気遣ってくれて」
レオナは、細く長い尻尾をくねらせながらニコニコと話す。
「カールなんて、あたしだって勝てないんですよ、ヒデヨシ様だって無理ですよ」
「レオナにもまだ安定して勝てませんからね、ヒデヨシ様は」
「君たちは相変わらずだな・・・」
「元気だしてくださいよヒデヨシ様。盗賊討伐から四か月ですもん、あたしより身体能力高いヒデヨシ様が、あたしに負けたままなんてないですよ」
レオナの笑顔は盗賊討伐の時のように明るかった。
「別に、レオナでもヒデヨシ様に安定して勝てるはずなんだがな」
カールはレオナを見ながら話した。
「えー、そうなの。カールなんでそんなことわかるのさ」
レオナと同じ疑問をヒデヨシも言葉にしようとし、先を越されて詰まる。
「いや、ヒデヨシ様の動きって分かりやすいし・・・」
「わかりやすい・・・、具体的に教えてくれないか」
ヒデヨシの顔がこわばり、カールを見つめる。
「俺、頭が悪いんで、具体的にって言われても教えらんないです」
「なんて言うか、ヒデヨシ様の癖が分かりやすいって言うか」
「なんか、ヒデヨシ様って一回通じなかった事って、連続でやってこないんですよね」
「だから、なんか分かります」
カールは、頭を掻きながら自分の考えを言葉にした。
「なるほどな、参考になるよ。戦うってのは難しいものだな」
「カールの言ってる事、よくわかんないよー、なんでそんなに説明下手なのー」
ヒデヨシとレオナは、それぞれの言葉をカールへ向けた。
ラボの訓練場前、訓練場が出来てから三か月、今までに見たことが無い数の騎竜がそこに止まっていた。
「ローレンタール様、いったいこれはどうされたのですか」
ヒデヨシがロイに問いかけた。
「ヒデヨシさ、あっん・・・、んっ、ヒデヨシ、実はオルカー様がこちらも視察したいと希望があった」
いつも通りの敬称を飲み込むために、ロイは咳き込んでいた。
「オルカー様、あちらの騎士様ですね」
ヒデヨシとロイが、白銀の鎧を着た騎士を見る。
「良い訓練場ですね、ローレンタール殿」
視線に気が付いたオルカーが、ヒデヨシとロイのところへ歩み寄る。
「ありがとうございます。オルカー様」
「それではオルカー様、ローレンタール様、僕はこれで失礼致します」
ヒデヨシが深く一礼して、その場を後にする。
「ローレンタール殿、彼は」
「近隣村から出稼ぎに来た青年です、頭が良い男ですので、僕は目をかけています」
「剣の腕はどうなんだい、戦術眼などもあれば聞きたいが」
「剣の腕は、兵士の中でも低いほうです、元々兵士志望でしたが今はラボの商売関係に関わらせています」
ローレンタールは表情も変えず、ヒデヨシを紹介した。
「今から行う模擬戦には彼も出るのかい」
「いえ、特に予定はしておりませんでしたが」
「まあいいか、それでは準備を頼みますよローレンタール殿」
訓練場の広場に並ぶ八人の兵士、その中にはカールの姿もあった。
「私はジェロニアの騎士、オルカー・カールスハルト子爵である」
「今回の模擬戦は領民の力を試し、より良い訓練を受けさせるためのものである」
「エドガー様は庇護下の領民に対し、カザルからの脅威を跳ねのける力を付けさせるべきだとお考えだ」
「模擬戦で成績が良いものは、ジェロニアでの名誉ある訓練が受けられる」
「各員の奮戦を期待する」
白銀の騎士、オルカー・カールスハルト子爵は、直立不動で兵士達を鼓舞した。
オルカーが引き連れてきたジェロニアの兵士は、みな精強だった。
次々と軽くあしらわれるラボの訓練兵。
カールだけが、長くジェロニアの兵士と戦い続けている。
ジェロニア兵の鋭い剣戟をカールはかわし、そして受ける。
カールの剣も同じく、ジェロニア兵に届いてはいなかった。
長く、木剣が木剣を叩く音が続く二人の武踊。
武踊を終わらせたのはカール。
ジェロニア兵の一閃を受け流したカールは、そのまま相手の鎧を木剣で叩いたのだ。
金属を叩く音が、まるで終了を告げる銅鑼のように訓練場に響く。
「そこまで」
最後まで残っていた二人の決着がついたことで、オルカーが終わりを告げる。
「カールと言ったか、実に良い。君はジェロニアで正規の訓練を受けるべきだ」
オルカーが笑みを浮かべ、カールの肩を叩いた。
カゼの村のカール。
草原にある牧畜村、カゼ出身のカール、小さな村の子供に家名は無い。
動物の世話があまり得意ではなかったカールは、村に必要な木材を取りに行く仕事をしていた。
遠い森へ騎竜を走らせ、森で木を切り集め村へ持ち帰る。
森では動物などの対処もし、時には狩りもしていた。
そんな日々を過ごすうち、カールは村一番の力自慢と評判になる。
ある日、グリムウェルから兵員募集のために訪問者が訪れた。
困り果てていた兵士が、偶然訪問した村で力自慢と評判のカールを見つけた。
偶然にもカールには素晴らしい反射神経と、剣と戦闘に関する才能があった。
カールの人生に明確な目的など無い、今日この時まで。
村に必要な仕事をこなし、兵士に誘われて警備兵になり、今ここに立っている。
カールには一つの思いが芽生えていた、自分を認めて頼りにしていると言う人。
本当は俺より強いのに、戦いが下手で全然成長しないヒデヨシ様。
俺は、頭が悪いから難しい事は考えられない。
ヒデヨシ様は、戦いは俺に任せたいと言っていた。
「はい、俺は国を守れる戦士になりたいです」
「ジェロニアの訓練が受けたいです、よろしくお願いします」
これが、後の騎士王カール・ナイトハルトの運命を決めた答え。
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