第七話 ~平穏な日常~
ヒデヨシとローズは、カシムとともに遅めの昼食を楽しんだ。
ローズは食べ終わった食器や、テーブルを片付けている。
ヒデヨシは、村を取りまとめている男と卓を囲んでいた。
民家の窓枠にはカビが生え、囲むテーブルは黒ずんでいる。
「ブレサック、今後はすべての畑を作物の実験に使いたい」
ブレサックは白くなりつつある髭を触る。
「ヒデヨシ様、しかしそれでは・・・」
「この村を国の管理下に置き、住民の生活はすべて保証する」
「畑と住居の増築、警備や街との交易も手配するつもりだ」
「そこまで、していただけるとは・・・」
ブレサックがまた髭を触る。
「しかし、その、申し訳ないのですが」
「この村は貧しく、字が書けるものは私だけしかおりません」
「こんな村になぜ・・・」
ヒデヨシが紅茶を一口飲む。
「私と来た女性、ローズマリーと言ってな」
「彼女は作物研究の専門家だ、彼女主体に国全体の農業を改善させたい」
「この村はグリムウェルから近く、研究施設に適していると考えている」
「この国を豊かにするために、お前達の力を貸してくれないか」
ブレサックは再度髭を触り、ヒデヨシに答える。
「わかりました、村の者はすべてお使いください」
静かな村の昼下がり、太陽も随分傾き、畑作業をひと段落させたものが寄り合い所に集まっている。
ヒデヨシは民家の中から、集まる人の様子を眺めていた。
「昨日からお疲れ様でした、ヒデヨシ様」
窓辺で椅子に座るヒデヨシに、ローズが声をかけた。
ヒデヨシは、ローズの声に反応してそちらを見る。
「ローズも、お疲れ様」
「いろいろなことがございましたけれど、きっとこれからの方が大変なように思います」
ローズの笑顔にはいつもの輝きは無かった。
それは疲れからくるものなのか、起こったいろいろな事からか、それともこれからの事を案じているのか。
「そうだな、だが大変な分、私は楽しみでもある」
「楽しみ、ですか・・・」
「ああ、自身の手で国を発展させる事を考えるのは、私の生きがいのようなものだ」
「やっぱりヒデヨシ様はすごいですね」
ローズの笑顔にわずかな火が灯る。
「わたくしも出来る限り、お手伝いいたします」
「ああ、これからもよろしく頼む」
ヒデヨシは始めて、笑顔をローズに見せたのだった。
グリムウェルに、いつもと変わらない朝が来た。
荷台に一杯の野菜を乗せ、自身の店へ急ぐ店主。
野菜を求める街の住人達。
荷車を引く大きな狼は、褒美の肉を待ちわびる。
ヒデヨシとローズは、一日の始まりを告げる人々とすれ違っていく。
ローズは、いつも野菜を買う店の店主を見つけて声をかける。
ヒデヨシは、そんなローズを優しく眺め待つ。
朝だと言うのに、大あくびをしている猫を見つけて、ローズが立ち止まる。
そうやって他愛もない事をしながら、二人は並んで歩く。
一つの大きな古民家を曲がったところで、巨木の小さな庭のような場所にたどり着いた。
巨木を囲む柵と、古くなったベンチ、大きくなり過ぎた木の根は石畳を少し持ち上げていた。
「こちらが、お連れしたかったところです、ヒデヨシ様」
ローズが、弾けるような笑顔で巨木を紹介する。
「街に、こんな場所があったとはな・・・」
ヒデヨシは、巨木を見上げながら答えた。
幾度か樹皮の剥がれた跡や、折れた枝が進む方向を変えた跡。
巨木に取り込まれた一部の柵。
そのすべてが、長い歴史を感じさせるには十分なものだった。
「この木は、街が出来た時に植えたもので、昔はここが中央広場だったそうです」
「良いところだ、心が落ち着く」
ヒデヨシは、巨木の前で目を閉じる。
「そうですよね、ここだけ時が止まったみたい・・・」
ローズがヒデヨシに並ぶ。
二人は止まった時の中、巨木と供にある時間を過ごしている。
それはまるで、一つの絵画のようだった。
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