第八話 ~世界の流れ~
木を叩く音が辺りに響く。
ヒデヨシとカールは、木剣で互いに切り合っている。
カールは軽快な足さばきで土をける。
ヒデヨシが、横一線に木剣を払う。
カールは鎧をかすめる木剣を見もせず、ヒデヨシの肩を木剣で叩きつけた。
「ここまでですね」
カールは、痛みで木剣を落としたヒデヨシに終わりを伝える。
「ああ、やはり強いなカールは」
「剣の稽古を始めて二か月になりますが、ヒデヨシ様はあまり上達しませんね」
ヒデヨシが苦笑いを見せる。
「そう言ってくれるなよカール」
「召喚された方は、凄まじい力を持っていると聞いていました」
カールがヒデヨシを助け起こしながら続ける。
「先王、ジェロイ様がそうでしたので、ヒデヨシ様もだと思っていたのですが」
「私も常人より強い力を持っているのは、多分そうだろう」
「カール、単純な力比べなら私は君に勝つ」
カールは黙って目を閉じた。
「だが、戦闘となると私は君に勝てない」
「人には得意な事とそうでない事がある」
「確かに、俺には出来ない事をヒデヨシ様はなされる」
ヒデヨシが、カールの肩を叩く。
「私が出来ない事は、君に頼みたいと思っているよ」
そう言って、ヒデヨシは訓練場を後にした。
名も無い村がラボと名付けられてから二か月。
村の周辺は大きく様変わりしていた。
わずかな小屋のみだった村が、大きな家が建てられ、簡易的な邸となった。
新しい畑や、住居建設など、様々な事へ対応するための人々がラボに集まっていく。
そして兵員を増やすために、村の周辺には兵舎が建てられ始める。
静かで小さな村は、現在は様々な音で満たされている。
「ロイ、君がわざわざ出向いて来るってのは、ある程度情報が揃ったという事で良いかな」
ロイは椅子に座り、ヒデヨシに応える。
「はい、現在の情勢について、ご報告いたします」
「ルシア、資料を渡してもらえるかい」
ルシアは、変わらず礼儀正しくヒデヨシへ資料を渡し、二人分の紅茶を用意する。
「まずは世界の地図です」
地図の中心には大きな大陸が左右に二つ、地図の左下には目立つ一つの島があった。
「前回と変わったな」
ヒデヨシは率直な感想を伝える。
「ええ、これはジェロニアの商人から購入したものです」
「前回は左の大陸だけでしたので、グリムウェルは左の大陸にある国になります」
「今、大きく分けて三つの地域に分けられます」
「まずはジェロニアを中心とした、先王の正当後継者エドガー様の勢力」
「自らを魔人王と表する、魔人国家カザルの国主、アザゼル」
「地図左下の島がカザルの本国になります」
「そして地図右側の大陸は、勢力として纏まらず王が乱立している、大きな戦乱地域」
「エドガー様とカザルの二大勢力は強力であり、従属する国や日和見する国が周囲に多くあります」
「そしてグリムウェルは、エドガー様の勢力下の国・・・か」
ヒデヨシが、紅茶の味とは真逆の顔をして話す。
「まあ、こんな状況で良く召喚など行ったものだ」
「グリムウェルはエドガー様に従うしかありませんでした」
「ですが、あの方のやり方には反発している国が多いのです、もちろんおおやけに出来ませんが」
「圧倒的な国力と、エドガー個人の強さで従属させるやり方か」
ヒデヨシが話した間に、ロイが紅茶を一口飲む。
「先王ジェロイ様は、一個人にして世界最強でした、個人で世界と戦えるほどに」
「そして、その圧倒的な力を抑止力として使い、平和を作ったと伝わっています」
「ですが、エドガー様が示すのは従属か死かの選択です」
「ジェロニア内でも、従わないものは処刑されています」
「先王ジェロイ様の死に、エドガー様がかかわっていると言う噂さえあります」
ヒデヨシは腕を組み、ひと唸りしてから紅茶に手を付けた。
「アザゼルの勢力は、どんな勢力なんだ」
「アザゼル様は、現在は世界最強の一個人です」
「魔人種は人数が少ないものの、一人一人が強いという特徴があります」
「また、カザルは厳しい自然環境の国で、領土的な野心があったのでしょう」
「大陸へ侵攻し、領土拡大を盛んに行っております」
「どちらも侵略者か・・・」
ヒデヨシは、拳を握り眉間に怒りを込めながら話し続ける。
「私はな、戦争は最終手段にしたいと思っている」
「人間は交渉が出来る生き物だ、互いに妥協点を探り、争いを避ける事が出来る」
「交渉もせず争い、強いものが全てを奪うのはただの動物だ」
「だが強いもの、権力を持つものほど動物に成り下がる」
「私はそれが許せない、必ず奴らを交渉の場に引きずり降ろしてやる」
日は傾き始め、ラボの住人達は今日の仕事を閉めにかかる。
ラボに目を付けた商売人は、急造のあばら家で酒場を始め、既に飲んでいるものが居た。
そんな光景が窓外に見える邸の中、ヒデヨシとロイは向き合い、長い話しを続けている。
「それではヒデヨシ様、今後もエドガー様に反発している国をまとめて行くように進めさせていただきます」
「僕が独自に進めていた策でしたが、ヒデヨシ様にご賛同頂けたのであれば迷う事もありません」
「そちらの件はロイに任せる、私の召喚については限界まで隠したい」
「当分はお前の裏に隠れさせてもらおう」
「かしこまりました、ヒデヨシ様」
ヒデヨシは、笑みを浮かべて一つの資料をロイに見せた。
「さて、ここからは儲け話だ」
「ロイ、お前かオーガスト伯爵のどちらかに提案をしたいのだが」
「オーガスト伯爵ですか、彼の商会に目を付けたのですね」
「そうだ、・・・ロイ、どちらが適任だと思うか意見を聞きたい」
ロイの穏やかな表情が少し陰る。
「適任と言う話であれば、間違いなくオーガスト伯爵です」
「伯爵の商売感覚は一流ですから、ヒデヨシ様のお役に立つでしょう」
「しかし、そうなると伯爵の影響力が拡大する事となります」
「伯爵の影響力は大きくなるが、この提案は国全体が儲かる話だ」
「自分にも金が回るなら、諸侯からの不満も出にくくなる」
「少なくとも、素性の知れないぽっと出の男がやるより遥かに良い」
「ヒデヨシ様は王なのです、知略に長けた王がぽっと出などと」
「私が商売の王だったのは事実だ、だがこの世界では実績が無い」
「実績第一歩の証人として、オーガスト伯爵と面会の機会をもらいたい」
「かしこまりました、すぐに手配致します」
朝の光が、またラボを照らす。
人が流れの中に、ヒデヨシとローズも同じように歩いていた。
舗装はされていない、ただの土に人が歩いた跡が付いただけのもの。
道の中心には広場があり、そこには柵に囲まれた小さな若木があった。
「研究はどうだい、ローズ」
「実はまた新しい課題が出来てしまい・・・」
ローズの顔が少し悲しげに曇る。
「収穫量は少し増やすことができたのですが、今のやり方ですと連作に耐えられないようです」
「なるほどな、土が悪くなってしまうのかな」
ヒデヨシは顎を触りながら話した。
「わたくしも、それが原因ではないかと思い、肥料を改良してみようと思っています」
ローズは手を合わせ、笑顔を見せた。ローズの豊かな感情が辺りに振りまかれる。
「連作に耐えられる肥料か、どこかの街や村に知っているものが居るかもしれないな」
「今ラボで農業をしている方々は、グリムウェルから来て頂いた農民です」
「これは、何としても成功させないとだな」
「どうされたのですか、ヒデヨシ様」
「進めている計画がローズの悩みを解消できそうな気がしてね」
ローズが少し焦るようなそぶりを見せ、顔を赤くした。
「ヒデヨシ様、計画の事はわかりませんが、応援しております」
二人は若木の横を通り過ぎ、それぞれの役目を果たすために歩いていくのだった。
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