第六話 ~盗賊退治~
「さて、それでは作戦についてだが」
ヒデヨシはここまでを言葉にして、腕を組んだ。
「夜に紛れて奇襲で仕留めるつもりなのだが、どうしたものか」
ローズも、カビの生えた天井を眺めながらうなる。
しばらくカビを仰ぎ見た後、ローズは跳ねるように声を出した。
「ビックリさせて、そのうちに何とかしてしまうとか、無理でしょうか」
「何か思いついたのかい、ローズ」
ヒデヨシが、ローズにたずねた。
「その、魔光石なのですが、少量の魔力でも十分明るくなりますよね」
「ああ、意識せず触った程度の魔力で十分だと聞いている」
「大量の魔力を込めると、どうなるのか気になってやってみた事がございまして」
ヒデヨシは少し笑い、ローズは少し困っているような顔を見せた。
「魔力を一気に流し込みましたところ、爆発したみたいな光が出て、わたくしは驚いて放心してしまいました」
「あんなすごい光、男の方でもきっとビックリされるのでは無いでしょうか」
「ようはスタングレネードと同じか」
「すたん・・・」
「ああ、すまない。これはかなり有効な手だよ」
「ありがとう、ローズ」
ローズは本当に、本当に嬉しそうにヒデヨシに答える。
「わたくし、ヒデヨシ様のお役に立ちましたでしょうか」
「ああ、ローズのおかげで突入の流れが決まった」
今、この世界にローズより喜んでいる者はいない、そう思えるほどの笑顔を見せている。
「ありがとうございます、ヒデヨシ様」
深い夜の闇、森の前にある小さな村には、三体の騎竜が身を寄せ合う。
「それじゃあ作戦を説明する」
暗闇の中、ヒデヨシは五人の男女へ声をかけた。
「前提として、小屋までは見つからないように行く」
「カシム、小屋までの案内を頼む」
村の青年が、ヒデヨシに答える。
「はい・・・その、いざという時はお願いします」
「小屋に着いたら、状況を確認して魔光石を小屋に投げ入れる」
「はい、わたくしの魔力をすべて込めますわ」
「突入はカールが指揮してくれ、一人以外は殺していい」
「かしこまりました、ヒデヨシ様」
カールと同じ軽装鎧の男女がうなずく。
「では、行こう」
森が作る闇が、夜の闇を更に深い色にしている。
木々の切れ目であるこの場所には、粗末な小屋が一つ立っていた。
小屋の中からは、闇夜の森には似合わない光がいくらか漏れ出てくる。
「エン、明日の朝にはここを発つ」
たくましい体躯の男が一人の獣人に声をかけた。
「しかしドル、まだ情報は足りていない、次の拠点を見つける必要がある」
毛深く、オオカミの顔をした獣人、胸が女性である事を示していた。
「先日、村の人間に見つかったのはまずかったな」
小振りな剣を持った男が話しを続ける。
「通報に対応するにしても、兵士が来るのが早すぎる」
「俺たちに関する情報を持っていたのかもしれん」
「ふざけるなよポンド、あたしたちの仕事は完璧だった」
獣人の女性、エンは毛を逆立てている。
「盗賊に偽装した事が裏目に出たのかもな」
ポンドの静かな指摘で、一連の話しが終わる。
「明日の朝、ルーブルが戻り次第ここを発つ」
「荷物をまとめて、撤収の準備をしておけ」
ドルの決断を込めた言葉とともに、一つの音が小屋を支配した。
ガシャンッ。ガンッ。ガラスが砕ける乾いた音と、硬いものが木の床に当たる音。
音に反応して、三人は一斉に構える。
拳に握りこめる程度の石が床へ転がる。三人の男女は警戒を込めてそれを見つめていた。
一瞬で小屋の中は光で満たされる。
三人は、見つめていたものが放つ光に、全てを吹き飛ばされたようにすら思える長い一瞬。
「今だ」
声と供に小屋の扉が開かれ、入ってきたもの達が居たが、三人はそれに反応する様子も無い。
ドルは喉に剣を突き立てられ、ポンドはもがいた後に脇腹へ剣を刺しこまれる。
エンは腕を取られて床を舐めさせられる。
エンの腕を取り拘束していたのは、軽装鎧の戦士カールだった。
エンは、ドルが血の泡を吹き、ポンドが血の海で眠るのを認識した頃には、既に五人に取り囲まれていた。
「ヒデヨシ様、問題なく完了しました」
カールが、ヒデヨシへ制圧の完了を報告する。
「よし、全員他の敵を警戒」
「カール、そいつを起こせ」
カールが獣人の娘の顔を上げさせる。
「おい女、他に仲間はいるのか」
ヒデヨシは冷淡に質問を投げかける。
「仲間・・・。なんの」
「親指を落とせ」
ガコンッ、と硬いものを切る音がした。
「ごっ、ああっ」
エンは言葉を続ける事が出来ずに顔を伏せる。
「お前と話しをするつもりは無い、次は耳を落とす」
ヒデヨシは表情も変えず、質問の答えを求める。
「後一人いる、あたしたちは四人」
「しがない盗賊さ、あいつはそれが嫌で逃げちまった」
「襲った商人のものは、どこかへ隠したのか」
エンは、悲しげで乾いた笑いを見せながら話し始める。
「全部ここにある、なあ、あたしは罪を償うと約束する」
「あたしも盗賊なんて本当は嫌だったんだ」
エンは、ヒデヨシへ血で濡れた手を伸ばした。
「カール、もう必要ない」
「えっ」
エンの言葉が先へ繋がるより早く、カールの剣が背中へ突き立てられていた。
「いやっ、死にたくない、ちょっと・・・、助けて」
エンは三人分の海の中、溺れるように沈み、やがて静かになった。
わたくしの覚悟は、足りなかった。
むせかえるような血の匂い、死・・・。
わたくしはこみ上げるものが抑えられず、小屋を出た。
変わらずわたくしを気遣うヒデヨシ様。
変わらないからこそ、恐ろしくも感じた。
ヒデヨシ様は知っていたのだ。
こうすることを。
だからこそ、わたくしを連れて行くつもりがなかった。
死んだものと目が合う。
死ぬ直前まで助けを請いながら、死ぬ。
お優しいヒデヨシ様は、これをわたくしに見せたくなかったのだ。
そう、ヒデヨシ様はお優しいのだ。
盗賊たちは武器を持っていた。
先ほど三人が命を落としたが、それは四人だったかもしれない。
わたくしも、命を落としていたかもしれない。
わたくしたち六人は怪我もしていない。
この結果はヒデヨシ様がもたらしたものだ。
無感情に殺し、最低限の事を聞き出し殺す。
恐ろしいヒデヨシ様が、お優しいからこそ、わたくしは今日死ななかった。
わたくしはヒデヨシ様の事を、一つ知ることが出来た。
これが譲らなかった事の成果。
わたくしは、ヒデヨシ様のそばに居続けたい。
これからもきっと、わたくしでは想像も出ない事がおきる。
更なる覚悟をしよう、ローズはそう思いながら夜空を見上げていた。
小屋の中を探索し始めてから小一時間。
ヒデヨシには一つの結論が出ていた。
「こいつらは盗賊じゃない」
ヒデヨシの声に、死体の懐を探っていたカールが振り向く。
「見ろカール、首都グリムウェルの警備状況をまとめた紙だ」
「こいつらは諜報活動をしていた」
「グリムウェルで使われている商人証もありましたよ」
軽装の女性戦士が商人証を掲げて振り回す。
「こいつらを送り込んだ国がわかるようなものはないか」
「所属を示すようなものはでてきませんね」
カールが頭を振りながら答えた。
「最後の一人が帰ってくるのを待って、そいつに聞く」
ヒデヨシの冷淡な声は、小屋の中に居る全員に届いた。
心地よい朝の光、薄暗い森でさえ、日差しは平等に降り注ぐ。
狩猟小屋の裏手で、ヒデヨシ達は死体を四体、埋葬していた。
簡易的な墓標を立て、一人ずつ埋葬する。
ローズからの提案をヒデヨシは了承し、名を刻めない四つの墓を作り終える。
「カール、働きづめで悪いんだが」
ヒデヨシは借り物のスコップを置き、カールに声をかける。
「ガラデアの諜報員を始末した事を報告しに、グリムウェルへ帰ってもらいたい」
この場には疲れた顔をしていないものは居ない。
「かしこまりました、俺たちは報告に戻ります」
「ヒデヨシ様はどうされるのですか」
「わたしたちは、本来の予定に戻るよ」
「研究施設の件ですね、では俺たちはこれで」
そういうと、カールと男女の戦士は木々の中を進み、すぐ見えなくなった。
「それじゃあカシム、村で少し休ませてくれないかな」
そう言って、ヒデヨシは疲れた顔で疲れた顔達を見渡した。
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