第三話 ~始めるべき事~
「おはよう、ローズ」
市場で買ったばかりの葉野菜を持つローズマリーに、ヒデヨシは優しく声をかけた。
「そうでした。おはようございます」
「今日はまだ挨拶をしておりませんでしたね」
二人はまるで若夫婦のように、並んで進む。
ローズは葉野菜を調理台へ置き、ヒデヨシがカップを用意しながらテーブルへ。
二人分のカップを並べた後、ヒデヨシは席に着いた。
「ヒデヨシ様はお散歩がお好きですね」
「最近はいいお天気が続きますから、わたくしもご一緒したいくらいです」
ローズは、調理台で朝食の準備を始めている。
「ローズにはもう話したけれど、私はここ数年歩くこともままならなかった」
「この体に生まれ変わって、散歩をする度に幸せを感じている」
ローズは、テーブルへと顔を向けながら、子供のように無邪気に笑って話す。
「お散歩で幸せを感じて頂けるなら、明日はぜひわたくしをお連れください」
「わたくしが、この街の良い景色をご案内いたします」
「それは良いな、お願いするよ、ローズ」
「はい。約束です。では本日の朝食はサンドウィッチです」
二人で食べるには十分すぎる量のサンドウィッチが、テーブルの上へ置かれる。
薄切りにした燻製肉と、ぶつ切りな燻製肉、切れ目を入れ、葉野菜を敷いたパンに二通りに切った燻製肉と、チーズをベースにしたソースを入れる。
簡単なものだが、今日の活動を支えるには十分な食事だろう。
ヒデヨシが、サンドウィッチを一つ手に取り。
ローズが、テーブルに置かれたカップへ紅茶を注ぐ。
窓辺には花を咲かせた鉢と、サボテンが日光を浴びていた。
私はできる限り、ローズに優しく接するように心がけている。
この一週間で、あの男の娘とは思えないほどに、純粋な娘だということはわかっている。
それでも、ローズからローレンタールへ、私の印象が悪くなる話がいかないとも限らない。
私には他に頼るものもなく、彼らの心証を悪くするわけにはいかない。
ローズは人を悪く言わないだろう、ローズから悪意も感じず、また悪意を向けるものも無いはずだ。
純粋で悪意を知らぬものは、私にとっては最も操りやすい、私の事を疑う事も無いだろう。
打算のみで行う優しさは、常に私を良い方向に導いてくれた。
想定した通り、ローズは私に純真な笑みを向け、献身的に尽くしてくれている。
これが、私が幾度となく作り上げた架空の愛。
いつか魔法が解ける時は来る、本当の魔法ではなく、架空の魔法なのだから。
「ごちそうさま。おいしかったよ、ローズ」
サンドウィッチを食べ終わり、紅茶で一息入れながら、ヒデヨシはローズを見る。
「とんでもないです、本来はお邸に住んでいただきたいのに」
「こんな街中の民家で、わたくしの料理になってしまうのは申し訳ないです」
ローズは、本当に申し訳なさそうな顔をしている。
二人の服装は、とてもではないが身分の高いようには見えない。
ヒデヨシは切れてほつれた袖を触りながら話す。
「私の存在はまだ公表できない、王の候補を立てたとなれば、他の国が黙っていないからね」
「今はまだ隠れ住むべきだし、私はローズの料理を楽しみにしているよ」
「ヒデヨシ様、本来は、邸の料理人などが仕えるご身分のお方なのです」
ローズは、ヒデヨシを見る事が出来ていなかった。
「わたくしの料理など、足元にも及ばない料理をお出しできます」
「あまり自分を卑下するものじゃないよ」
ヒデヨシは、ローズの手をとり自分の方を見るように促した。
「私は今、不満は無いよ。さっきも言ったが、ローズの料理はいつも楽しみにしている」
「もったいない言葉です。ヒデヨシ様、ありがとうございます」
ローズは、そのままヒデヨシの手を握り返したのだった。
「それじゃあローズ、私はロイのところへ行ってくるよ」
「お父様のところへですか、お昼は戻られますか」
「お昼までには一旦戻ってくる予定だから、昼食もお願いしたい」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ、ヒデヨシ様」
優しく、小さく手を振るローズを後ろに、ヒデヨシは街の中へ消えていった。
豊穣国家グリムウェル、温暖で安定した気候から、この国は作物が良く育つ。
木々や花々の咲き乱れる首都グリムウェルの一画を、ヒデヨシは歩く。
整備された水路、木材と石壁の民家、石造りの街道。
大きな犬が引く、商人の犬車。人を乗せる2足の大トカゲ。
人々は多種多様で、人間に加え、獣人をはじめとした亜人。
魔法に長けた、エルフや異形のものを総称した魔人。
妖精やホビットなど、めったに人前に出ない幻人。
グリムウェルは人間と亜人がほとんどで、魔人種は偶に見かける程度。
幻人など、この国ではお目にかかれないかもしれない。
国主グリムウェルの邸は、街の中央広場付近、街で一番大きなものだ。
警備兵に挨拶をしながら、ヒデヨシは邸の中へ入っていく。
「ロイ、居るかい。話をしたい事があるんだ」
グリムウェル邸の一室、ローレンタールの部屋前で、ヒデヨシは扉をたたく。
「ヒデヨシ様ですか、入って頂いて結構ですよ」
部屋主の同意を確認し、ヒデヨシは入室する。
今日も今日とて、書類仕事に追われているであろう、ローレンタールがそこにいた。
「忙しい中、すまないね」
「今日は報告関係のみですので、すぐに終わりますよ」
執務机で書類を片付けるローレンタールを見ながら、ヒデヨシは手前のソファへ腰かける。
「ロイ、この一週間、この街とこの国について、出来る限り調べてみた」
ローレンタールの手が止まる。
「結論から言う。この国は研究と開発が弱い」
「邸の反対側にある議会堂、国の書物はほぼあそこにある、そうだなロイ」
「ええ」
ローレンタールは考えているように、ペンを握る。
「詩集や娯楽の本は、近年にも書かれたものがあった」
「だが、技術や知識、学術的な本は100年以上更新されていない」
「これはおそらく、100年以上変化が無かったと考えられる」
「おっしゃる通りです」
窒息しそうな顔をしていたローレンタールは、息を吐いた。
「先王ジェロイ様の平和は約300年続きました」
「そうらしいな」
ヒデヨシは手を組み、話を聞いている。
「小さな争いはあったものの、日々平和に過ごして来たのです」
「グリムウェルだけではありません、この世界は変わる事の無い平和を、ただ忙しく日々過ごしました」
「この世界は300年何も変わっていません」
「僕が直接見たわけではありませんが、父や祖父から聞いた話を考えると、間違いありません」
「だが、今はある程度の力が必要な時代だ」
「国力を上げるためには、研究や開発を始めるべきだ」
「食料生産力の向上、道具全般の開発、戦闘技術や兵法の開発、ざっくりと言うとこの三つ」
「それぞれ、適正者を探すところから始めなくてはならない」
「時間がかかる仕事になりそうですね」
「ああ、研究開発が軌道にのるまでは、私の存在は伏せて置きたいが」
「優先順位は国防のため、戦闘技術が最優先、次は食料生産」
「できる限り早急に、適正者を選定したい」
「かしこまりました。情報が入り次第、お知らせいたします」
「私は心当たりを一つ、当たってみる」
「ロイ、お前の娘、ローズマリーがその一人だ」
ヒデヨシは、ローレンタールの意志を問う。
「お前には同意を得たいと思ってな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます