第一話 ~最初の信頼~
「王・・・?」
三井藤吉郎は、自身の稚拙な問いかけに気が付いた。
だが、そうせざる得ない。理解が及んでいる事が一つとして無い。
まず体に痛みが無い。衰え動かなくなったはずの腕を動かしている。
最後に自分の腕を見た時、細く、骨と皮だけが残っていた事を記憶している。
この腕は誰の腕か。聞くまでもない。自分の腕だ。
だがこれを見たのはいつだ、50年・・・いや60年前か・・・。
若く、力にあふれていた頃の腕と似ている。
腕だけでは無い、体から、若い頃の力強さを感じる。
私は死の床についていたのではなかったのか。
「歓迎いたします、異界の王よ」
端正な顔立ちの男性が、両手を広げ歓迎の言葉を述べる。
白と青を基調とした服装、細かい刺繍が施された上着にマント。
長めの金髪に青い目をした、貴賓を感じる異国人。
彼だけが、他のものと、明らかに服装が違っていた。
他のものは黒とは言えぬ、灰色かかったローブのようなものを着込み。
手には各々道具のようなものを持ち、こちらを見ている。
私は拉致され、ここで目を覚ました・・・のか。
「混乱されているのですね、無理もありません」
隠す事が出来ない動揺を指摘された事で、逆に落ち着きを取り戻す事が出来た。
この男は、私がここに居る理由を知っているのだ。
「全て語ってくれないか、私がここに居る理由を」
三井藤吉郎は、貴賓のある男へ問いかけた。
「ローレンタール。ローレンタール・グリムウェル・スチュアートと申します」
貴賓を纏う、金髪の男が深々と礼をする。
「失礼をした、私は三井藤吉郎と言うものだ」
体を起こし、その場に立ち上がり、三井はローレンタールに答えた。
ローレンタールは頭を上げながら、笑みを浮かべる。
目の前の男が、落ち着きを取り戻していく事に気が付いているようだった。
「初めまして、三井藤吉郎様」
ローレンタールが右手を三井に差し出す。
「こちらこそ、初めまして、ローレンタール・グリムウェル・スチュアート様」
三井はローレンタールの右手を取り、握手をしながら答えた。
ローレンタールは、再度柔らかな笑みを浮かべながら話す。
「ここに居る者たちで王を、三井様を召喚させて頂きました」
三井の眉がピクリと動く、ローレンタールの言葉を探っているような、思案しているような表情をしていた。
三井の疑問がわかっているかのように、ローレンタールは言葉を続けた。
「召喚とは、我々の世界とは違う、異世界からあなたを呼び寄せる事を指します」
「我々の世界には王が必要なのです、世界に安定と、平和をもたらす王が・・・」
「ですから、王に相応しい資質を持ったあなたを、召喚させて頂きました」
「異界の王、三井藤吉郎様」
灰色のローブを着ている者たちが、息をのみ、二人を見守っている。
「なぜ、若返っている」
三井は、晴れぬ疑いを隠すことが出来ないまま、強い言葉で問いかけた。
「若返った・・・、ああ、それは召喚によるものです」
ローレンタールは、絡まった糸を解いていくように答える。
「王として召喚する際に、王に相応しい体が作られているのです」
「つまり、三井様が最も活力に溢れていた頃に戻るのです」
「確かに、私が20の頃に感じたものと似ている、な・・・」
三井は、自分の腕を見つめながら答えた。
「こんなところで長話もなんですから、お茶を用意いたしましょう」
ローレンタールは、マントを翻して部屋の扉を目指して歩く。
「さあ、三井様、こちらへ」
促されるままに、三井はローレンタールの後ろをついて、部屋を出ていくのだった。
ローレンタールの後ろ姿を見ながら、石造りの廊下を進む。
一定間隔で明かりが設置されていることもあり、歩く事に不都合はなかった。
蛍光灯のような明かりだが、とても蛍光灯には見えないそれも、
異世界だと言う話しに、信憑性を持たせる事が出来ているかはわからない。
だが、今はそのまま受け取る以外に無い。
現実に、私は今歩いているのだ。実に数年ぶりに、杖を持たずであれば、十数年ぶりになる。
これに対して、唯一納得が出来そうな答え。
私が夢を見ているか、ローレンタールの回答か、その程度しかない。
選択肢はなく、ただ従うしかない。
選択が出来るほどに、知っている事が無い、まずは知らなければならない。
これも、年齢が20かそこらへ戻ったからかもしれんな。
若い頃の仕事を思い出しながら、少し笑っていた。
「それでは三井様、こちらへおかけください」
声をかけられたことで、道を思い出せないほどに考えに耽っていた事に気が付いた。
木製で、細工の施されたテーブルと、燭台に似た明かり。
綺麗な椅子の一つを選び、腰を下ろした。
扉がいつでも視界に入るように。
ローレンタールは、邸の従者からティーカップを受け取った。
「ありがとう、ルシア」
いわゆるメイド、ルシアと呼ばれた女性は、先ほどと同じ動作でカップへ液体を注ぎ、
ローレンタールに渡したものと、同じ装飾のティーカップを三井の前にも置く。
簡素だが機能的で、いつのものかわからない汚れも残る服装。
日々の仕事が、その服に染みこんでいる事を感じさせるものだった。
一仕事終えたルシアは、そのまま扉の横まで進み、部屋の一番奥に居るローレンタールへと向き直った。
三井は、ルシアが扉横に立った事を確認した後、ティーカップに目を落とす。
中にあるのは、琥珀のような色をした液体。一般に紅茶と呼ばれるもの。
ローレンタールは、紅茶を少し飲み、三井に笑いかけながら話す。
「三井様もどうぞ、我が国の上質な茶葉です。きっとお気に召しますよ」
三井は、それに応じるようにカップに手をかける。
「良い香りだ」
そう一言発した後、三井は紅茶を口にした。
「渋みも無く、味も良い」
「ありがとうございます三井様、気に入っていただけたようですね」
三井は目を閉じ、噛みしめるように言う。
「この出会いに感謝します。ローレンタール様」
ローレンタールは、笑顔でその言葉を迎え入れた。
「それでは三井様の召喚について、順を追ってお話しましょう」
カップを置いたローレンタールは、手を組みながら語り始める。
「この世界の王、ジェロイ・ワイマーク様が亡くなったのが、およそ一年前」
「王とは世界を安定させ、統一と平和をもたらすものの称号です」
「その王が不在となった事で、各地から次代の王が名乗りを上げ始めました」
「王を自称する者たちは対立し、様々な争いが始まりました」
「戦争と対立は激化し、今は戦乱の時代と呼ばれております」
「我が国グリムウェルは、王の資質を持った人物を召喚しようと考えました」
「そして今日、三井様を召喚したのです」
「つまりは私を王にするため支援をしたい、という事か」
「おっしゃる通りです」
「一つ質問をしたい」
「何でしょうか」
「なぜ、召喚という方法を選んだ」
「王の資質を持つものを見つけるのであれば、召喚である必要は無いはずだ」
「召喚は、強い目的を持って行う際に最大の効果を発揮します」
「強い祈りが王の資質を持つものを見つけ、呼び寄せる」
「そして召喚の力によりあなたは若返り、常人を遥かにしのぐ力を持っています」
「しかも、百戦錬磨の知恵をそのままに」
「なるほどな、王を見つけるには、最も可能性が高い方法という事か」
「僕は既に確信しています、三井様は必ず王となります」
三井は顔を伏せ、笑いを噛み殺した。
「王位につき、この戦乱を終わらせましょう」
私は選択を迫られてはいない、決断を迫られている。
返答は【イエス】、誘いに乗るしかない状況を選択とは言わない。
ローレンタール、この男は確実に信頼できる。
言葉に嘘は無い、私とこの男の利害が一致する限り、私を切り捨てる事は無い。
穏やかな表情に、高い洞察力を持つ油断のない男が、僕・・・か。
私はローレンタールの目を見て、答えた。
「私は必ずや、世界を平和にする王になろう」
よもや人生をやり直し、似た道を歩む事になるとはな。
二度目は私に新しいものを見せてくれると、期待をしておく。
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