The way to the kings

使徒澤さるふ

第一章 グリムウェル編

序章 ~王の召喚~

 今、一人の男が死を迎えようとしていた。


七草総合病院。


病室、と呼ぶにはそれは豪華すぎる部屋だった。


高級ホテルのロイヤルスイートを思わせる家具やカーペット、絵画や調度品。


ベッドに横たわる老人の周りには、身綺麗なスーツを着こなした壮年男性が二人。


「兄さん・・・」


言いかけた言葉を遮るように、部屋の扉が開かれた。


「七草先生をお呼びしてきました」


壮年の、やはり身綺麗な女性が、白衣に身を包む男性を引き連れて入ってくる。


白衣の胸には【七草院長】と書いたプレートが歩みと共に踊る。


「先生、父は、やはりもう・・・」


壮年男性の一人、白髪交じりだが綺麗に整えた頭髪、兄が白衣の男性へ声をかける。


「おそらく、今日を超える事はできないでしょう」


部屋を静寂が支配し、呼吸を促す機械が、一定のリズムで呼吸する音だけが響いた。


「兄さん、親父の遺言状は」


あまり似ているとは言えない、黒髪の弟が先ほどの言葉を繰り返す。


「家の顧問弁護士、水島先生が保管している」


背丈にさほど違いはないが、大きな兄が黒髪の弟を見ながら続ける。


「おそらくお前の想像通りだ、母に半分、残りを私たち三人で等分だ」


「母は遺産を相続するべきじゃない、兄さんもわかっているだろう」


黒髪の男性は頭を搔きながら、強めの声を上げた。


「お母様はもう、私たち兄弟の事を覚えておりません・・・」


壮年の女性が悲しげに顔を曇らせ、徐々に小さくなる言葉を部屋に染み込ませた。


「認知症は、そこまで進行しているのか・・・」


「昨日はまるで子供のように、誰かもわからない私に折り紙をねだりました」


「父が入院してから半年、まだ元気だと思っていた母がこんな事になるとは、父も想像していなかったろうな」


大きな手で顔を覆い、白髪を少し触る。


「水島先生に相談しよう、遺産の配分について」


「お母様の事は、ずっと私が見ております。その事はしっかり考慮をお願いしますね、兄さん」





 薄雲のような意識の中で、男は考えていた。


これから私の子供らは、遺産について争うのだろう。かつて自分がそうしたように。


放蕩を重ねた兄を追い落とし、父の後を継いだ。


直接手にかけたわけではないが、兄を殺し、父のすべてを継いだ。


父から受け継いだ財界の人脈を利用し、会社を大きくした。


政界への影響力も拡大し、自身の地位を盤石なものへと昇華させた。


自身を繫栄させるため、自身以外の全てを利用した。


子供らも同じように歩むだろう、教養も知識も身に付けさせた。


妻も子供も愛している、と言葉にはした事がある。


少なくとも一人は、自分の血を分けた子供では無いと言うのに。


外からの印象をよくするため、等しく家族を愛した事が、今はっきりと結果に表れている。


父の死を告げられた子供達が、最初に口にした言葉は遺産。


私も多分そうだった。


結婚も人脈と権利、体裁のためのもので、愛した結果ではない。


私は自由に選択をする権利を持っていたが、自由に生きてはいなかったかもしれない。


・・・後悔があるわけではない、自身の繁栄を選択し続けた結果。私の権力や富は盤石なものとなった。


選んだものが、私の自由を保障しない事はわかっていた。


遊び惚けていた兄を、羨ましく思った事さえある。


選択をする度に出来る事が増え、出来ない事が増えた。


だが、そうやって人は生きていくものだろう。取捨選択、人は全てを手にする事はできない。


権力を得るための知識や教養を身に着けたが、私には結局、最後まで愛を理解することができなかった。


愛のために、愛に狂い、不合理な選択をする人は見てきたが、理解ができなかった。


世間体のため、愛を模倣したが、それが自身を動かす事はあり得なかった。


それは目的ではなく、手段なのだから。





 「王をここに、我らの王たる資格を持ち、我らを導きたまえ」


男が声を聞くと同時に、視界が光の中へ溶けていった。


暗い闇の中にある、光の道を進んでいるような感覚を覚えた、これが死・・・


「先生、父は」


白髪の壮年男性が白衣の男性へ問いかける。


「ご臨終です」


「最後まで、ありがとうございます。七草先生」


「三井藤吉郎様は八十九年の、天寿を全う致しました」


「ローレンタール様、召喚に成功いたしました」


「成功だ!」


「これで我が国は王を立てる事ができる!」


「我が国の繁栄は約束されたも同然だ!」


石壁と石床の薄暗い部屋の中、十三人が魔法陣の薄い光に照らされていた。


三井藤吉郎は体を起こし、目を開いた。自由に体を動かすなど、ここ数年は無かったことだ。


統一された服装の中から、他と異なる服装の男性が声をかけた。


「我が国にお越しくださり、感謝いたします。我らが王よ」

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