第2話 バイトを募集してみたら、後輩が来た件
(
朝起きて手早く朝食を摂って
-といってもコンビニ弁当だが-
お客さんへメールの返事を書きながら、昨日の出来事を思い出す。
時間に余裕がある学生向けに大学事務へバイト募集を依頼した事がきっかけ。
さすがに佳代が応募してくるのは予想外だったけど。
(社会人としてちゃんとしたところを見せないと)
新卒ならともかく、俺の場合はフリーランス。
お客さんとの立場は対等だし、一年目だからと甘えていられない。
佳代への感情はともかく、きちんとしないと。
とはいえ-
これをいい機会に距離を縮められればと思ってしまうのもまた男のサガ。
ただ、佳代は俺の事は信頼してはいても先輩としてだろうけど。
そう考えると踏み込みにくいのが少しもどかしい。
ピンポーンー。ピンポーン。
(うん?宅配便か?)
そういえば、事務所兼自宅の備品を先日注文したっけ。
今日届くかは確認してなかったけど。
「はいー。今行きますー」
一応お客さんが来ることを考慮して2LDKのマンションの一室を借りている。
とはいえ、自宅で打ち合わせをすることは多くないけど。
「
玄関の扉を開けてみると、そこに居たのは予想していなかった人物-佳代だった。
そういえば、今日何時からとか話してなかったな。
「おはよう。時間のこと伝え忘れててごめん」
「ひょっとしてお仕事中でした?」
「仕事と言えば仕事だけど、別に急いでないし。とにかく入ってくれ」
「じゃあ、お邪魔しまーす」
スリッパをパタパタとして入ってくる彼女。
事務所を兼ねているのでそれなりに掃除をしてはいるが少し緊張する。
「……ここって、今年から借りてるんですよね?」
リビングをきょろきょろと見渡しながら聞いてくる。
「ああ。学生時代の1Kの部屋だと、事務所兼ねるには手狭だからな」
「家賃いくらくらいですか?」
「共益費込みで8万円ってとこ」
「この辺だと2LDKでもそんなものですか」
「なんせ、地方都市なのか田舎なのかわからんところだしな」
卒業してフリーランスを始めるに当たって考慮したのが家賃の問題だ。
都内に出たら必然的に家賃は跳ね上がる。
都内だと同じくらいのが13万円はすると知って驚いたものだ。
その点、筑橋は中途半端に田舎だし、都心に出るにも電車一本。
都内で打ち合わせするにも困らない。
「でも、先輩の家って、汚れてた印象なんですけどリビングは綺麗ですね」
また佳代は無邪気にグサっと来ること言うなあ。
「お客さんが来ることもあるし、応接間兼ねてるからそれなりには綺麗にしてる」
お客さんが来た時に汚れてたら印象悪いし。
「やっぱり社会人になると大変なんですね」
佳代はしみじみと言った様子だ。
「とりあえず、仕事の説明するから。紅茶か水か珈琲か。どれがいい?」
「じゃあ、お水で。でも、そんな気を遣わなくてもいいんですよ?」
「とはいってもしばらく仕事お願いするわけだしな」
「……そう堅くされると私が気を遣ってしまいますけど。いいんですか?」
悪戯めいた笑みでそんな事を言われると、白旗をあげるしかない。
「わかった。お客様待遇はやめるって。とにかく水持ってくるな」
「はーい」
後輩で昔からの友人とはいえ、金銭のやり取りをするわけだし距離感が難しい。
こういう考えをしてるから距離がイマイチ縮まらないのだろうか。
「はい、お水」
ついでにガムシロップを置く。
「糖質0のシロップだからいくら入れても平気だぞ」
「いくら私でもそんなに入れませんってば」
膨れっ面をしている佳代をみて、ふと昔を思い出す。
子どもの頃、俺の家にあそびに来た時だったか。
水にガムシロップを入れて飲んでいたのが昔の彼女。
それが大人になっても続いてしまっているのだ。
「あー。甘い。落ち着きます……」
これが紅茶だったら少しは優雅だったかもしれない。
しかし、コップに入った甘い水だ。
佳代がこんなもの飲んでると知ったらビビる奴も多いんじゃないだろうか。
まあ、佳代の大学生活はあんまり知らないんだけど。
「というわけで、やってもらうことなんだけど……」
前置きして、資料を渡す。
主にやってもらう作業は、
・共有Googleカレンダーによるスケジュール管理
・定型的な返信で済むメール対応
・その日の予定を朝にまとめて送ってもらうこと
・締め切りがある作業の進捗管理
辺りだ。
「……えーと。正直に言っていいですか?」
何やら佳代は戸惑い気味だ。
「うん?まあ、言ってみてくれ」
「作業としては本当に軽いですよね。これで時給2000円とか高すぎですよ」
「と言われてもなあ。バイト募集したことないから相場なんてわからないし」
飲食店なら時給1000円未満が多いとかいうのは調べたことがある。
他方、塾講師のバイトになると高いところは時給3000円はいくらしい。
プログラマーのバイトは幅があるけど、1500円以上のところも多いとか。
頭脳労働ということも考えて、1500円という値段を仮に設定したのだった。
「逆に、そんなにバイト代支払ってお仕事大丈夫です?」
心配されてしまった。
「それでスケジュール管理から解放されるんだから、安いもんだと思うけど」
なんせ月80万円以上は売り上げてるわけだし。
経費とか諸々引いても、悪くはない。
「……わかりました」
「何がわかったんだ?」
「やっぱり高すぎるので、夕ご飯とかも作りますよ」
「いやいや。さすがにそれはバイトの範囲外だろ」
佳代は責任感が強いので、彼女基準で高額過ぎる報酬に気が引けたんだろうけど。
「じゃあ聞きますけど。朝昼夜、ちゃんと食べてますか?どうせ外食ばっかりじゃないですか?」
ああ。お説教モードに入ってしまった。
こうなると黙ってうなずくしかない。
「ま、まあ。月1くらいでは自炊はしてる……と思う」
「絶対に栄養偏りますよ!そういうところ、学生時代のノリまんまじゃないですか」
「わかった。じゃあ、気が向いた時だけ、頼むな」
こうなるともう本気でご飯作ってくる気だ。
「あとは……八太郎さん、いっつも夜更ししてますよね」
じろりと見据えられる。
「だってさー。夜は長いからついついだな……」
「ちゃんと規則正しい生活しないと駄目ですよ」
「それはわかってるんだけど」
悲しいかな、生活習慣の乱れは言い返せない。
佳代は規則正しい生活習慣をモットーにしてるだけになおさら。
「モーニングコールと寝る時に電話かけますから」
「待った待った。ありがたいんだけど、そこまでしてもらうわけには……」
何が佳代のスイッチを入れてしまったんだろうか。
「このくらいしてようやく時給に見合うくらいですよ?」
「逆に労働力のダンピングだと思うぞ」
「バイト代に含まれてると考えればいいじゃないですか」
押してくるなあ。
仕事にプライベートの関係持ち込むのは良くないかもしれないけど。
ちょっとくらいはいいか。
「わかった。じゃあ、お願いするな」
「わかればいいんです。わかれば」
しかし、なんでこの娘はこうドヤ顔をしてらっしゃるのか。
好きな女性にご飯を作ってももらえるというのは悪い気はしないけども。
「じゃあ、後は画面見ながら説明するか。PC持ってきてるよな」
「12インチのモバイル用のやつですけど」
「事務作業がメインだから大丈夫」
彼女用のG Suiteアカウントを開設して、各種設定を済ませる。
メール返信の定型文や連絡用チャットアカウントについても教える。
「私が定型対応しない方がいいのは、八太郎さんに投げればいいんですよね?」
「ああ。お客さんを待たせないためだからな」
「あとは……仕事の依頼についてですけど。日時指定系は予定が被っていたら断る。締め切りがタイト過ぎるのも断る。でいいですよね」
「あってる。締め切りが2週間以上先だったら、チャットで俺に回してくれ」
「それ以外に曖昧なのは、いったん質問すればいいですか?」
「さすがに理解が早い」
マニュアルもないのに要点を聞き漏らしていないのはさすがだ。
「仕事場はさっき言った通り、家でもこっちでもOKだ。細かい打ち合わせが必要な事は少ないだろうし」
「それでリモート可ってあったんですね」
納得した、という様子だ。
「あとは……わからないことはその都度聞いてくれ。今日はもう帰っても大丈夫だけど、どうする?」
提出してもらう書類についても一通り説明は終えた。
「いえ。まだ色々設定してないことがあるので。しばらく残っていいですか?」
「ああ。その分はちゃんと作業時間につけといてくれよ」
「……わかりました」
一瞬、間があった。
きっと、この顔は作業時間つけずに済まそうとしてたな。
「じゃあ、帰る時は一声かけてくれ。ちゃんと作業した分はつけといてな」
「はい。ところで食材の買い出しとかも行ってくるかもしれませんけど」
佳代の奴、本気だったらしい。
「じゃあ、そうだな。これ」
予備の鍵を一つ引き出しから取り出して渡す。
「えーと……合鍵?」
「いちいちチャイム鳴らすのも不便だろ」
「いいんですか?」
「さすがにその辺は信用してるって」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
微妙に挙動不審になりながら、鍵をしまったけどどうしたんだか。
「今度こそ仕事に戻るから」
「はい。頑張ってくださいね」
にっこりと微笑む様はやはり可愛らしいなと思わされるもので。
「別に頑張るって程じゃないけど……ありがとうな」
「いえいえ。どういたしまして」
微妙にくすぐったい気持ちになりながら作業部屋に戻ったのだった。
こうして、後輩で昔馴染みな彼女をバイトに迎えての日々が始まった。
何か外堀埋められてる気がするけど……気の所為だよな?
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