割の良いバイトに応募してみたら、お兄さんな先輩が雇い主だった件

久野真一

第1話 バイトに応募してみたら、先輩のところだった件

「うーん……割のいいバイトなんてそうそうないか」


 なんて言うのがそもそも贅沢かもしれないけど。

 私、大崎佳代おおさきかよは今、私立筑橋大学つくはしだいがくの掲示板を眺めている。

 A棟にある掲示板には大学生向けのバイト募集の張り紙が張ってあるのだ。

 大学生を始めて約半年。

 最近、金欠になりがちな事を実感して、バイトを始める事を決心した。


(そもそも面接通るかわからないんだけど)


 大学の掲示板だけあって、大学や周辺の会社からの募集が多い。

 ただ、割の良いものは短期集中だったり。

 プログラミングスキルが必要だったり相応にハードルが高い。

 プログラマーだと時給1500円くらいのものもあったりするけど、いいなあ。


(普通に飲食店とかコンビニバイトにしようかな)


 大学周辺は学生が集まるから、その手のバイト募集は多い。

 ただ、大学生相手だからなのか、割と早朝だったり深夜のバイトも多い。

 私達学生は時間だけは有り余ってる事が多いから無理もないのだけど。

 

(あれ?)


 ふと、掲示板の右下にひっそりと佇む張り紙に気がついた。

 しかも……時給、1500円~応相談?


(え?割が良すぎない?)


 募集元は榎本事務所えのもとじむしょというところ。

 リモート勤務OK。

 週5日というのは少しきつく見えるけど、1日2時間程度でいいとのこと。

 仕事内容は、スケジュール調整。

 要は所長の秘書さんみたいなものみたい。

 

(ただ……)


 ちょっと怪しいかもしれない。

 秘書というと個人的な付き合いも出来るだろうし、セクハラとかされそう。

 私の偏見かもしれないけど。

 

(応募するだけしてみよっかな)


 メールアドレスは yataro@enomoto-office.com 。

 面接も含めてまずはメールでやり取りするらしい。

 ヤバそうな所だったら面接の時に雰囲気でわかるだろうし。

 現金な話だけど時給1500円は捨てるには惜しい。


「よっ」

「ワヒャっ!?」


 反射的に振り向くとそこには見知った優しげな顔。

 そして、私が思いを寄せる人。


「ビックリさせないでくださいよ。八太郎やたろうさん」


 心臓が飛び出るかと思った。


「悪い悪い。佳代はバイトでも探してたのか?」


 榎本八太郎えのもとやたろう先輩。

 元工学部で2年先輩なうちのOBでもある

 2年間で卒業する辺り頭がとてもいい人でもある。

 通常は早期卒業でも3年間なので、かなりの例外らしい。

 顔は……イケメンとは言えないけど、まあまあ。

 ただ、優しげな顔つきに違わず温厚な性格とか、歳上なのにどこか歳下ぽさを感じさせる幼い顔つきは昔から一部女子に人気があった。


「やっぱり仕送りだけだと、ちょっと金欠なんですよねー」


 それでも、家賃に加えて生活費を月5万円なんて結構恵まれているのだけど。

 サークルでの飲み会に参加するための費用とか、

 少々お財布が心もとないというのが正直な所。


「良さそうなバイトは見つかったか?何なら紹介してもいいけど」


 昔から面倒見が良い人だった。

 今はフリーランスで執筆や講演、Webサイト製作などして生計を立てている。

 ただ、気持ちは嬉しいけど。


「榎本事務所っていうとこ、ちょっと応募してみようと思ってるんですよ」


 ちょっとだけ怪しいかもしれない張り紙を指差してみると、

 何故か八太郎さんが渋そうな顔をしている。


「どうかしたんですか?妙な顔をして」


 気まずいのか、あるいは言いたいことがあるけどすぐに言いづらい。

 そんな表情だった。


「いや、その……えーと。まあいいや」

「なんですか、それ。言いかけて止められる方が気になるんですけど」


 八太郎さんは時々こういう悪い癖が顔を出す。

 思わせぶりな事を言って止めようとした方が相手は気になるんだから。


「わかった。えーとな……榎本事務所っていうの。俺の屋号」


 ん?


「屋号ってなんですか?」

「一年だからわからないか。俺がフリーランスなのは知ってるだろ」

「ええ。色々やってますよね」

「個人事業主……フリーランスだと屋号ってのを設定出来てな」

「何に使うんですか?」

「仕事をする時のペンネームに近い感じ」

「本名だと何かまずいんですか?」

「別にまずくないんだけど、お客さんに印象付けるためだな」

「つまり、このバイト募集は八太郎さんが?」


 ようやく気まずげだった理由に納得が行った。


「そ。最近、スケジュール管理の必要を実感してな。ダメ元だったんだけど……」

「そこに私が目をつけてしまったと」

「そういうこと」


 でも、募集しているのが先輩なら気が楽だ。

 昔から浮いた話が無い人だったけど、それ故に信頼も出来る。

 友達には「あの人、異性に興味ないのかな?」とまで言われる始末。

 何より片想いの相手でもあるわけだし。


「じゃあ、手っ取り早いですね。応募しても大丈夫です?」


 スマホを取り出して手早く八太郎さんのメールアドレスを打ち込もうとすると、


「そこら辺は顔パスでいいよ」

「一応人を雇うわけですし、履歴書とか出さないとまずくないですか?」

「昔からそういう所はきっちりしてるなあ。バイトが確定してからで大丈夫」


 今まで働いた経験がないけど、そういうものなのかな。


「そうですね。もっと細かい話聞きたいです。面接とかってどうします?」


 本来ならメールでやり取りをして面接の日程を決めるんだろう。

 でも、顔パスということでどこまでスキップなんだろう。


「面接っていうより、詳細を聞いて佳代が良ければ一発OKで良いんだけど……」

「仕事能力とかは別でしょう。いいんですか?」


 なんせ私にしてみれば初めてのバイトだ。

 お金は欲しいにしてもその分の働きはしないとという気持ちはある。

 バイトを任せるに足る能力か見なくて大丈夫なのか不安にもなる。


「実務能力は既によくわかってるし。問題なし」


 先輩は昔から私の事を評価してくれている。

 とはいえ-


「八太郎さんは過大評価だと思うんですけどね」

「逆に佳代が自信なさ過ぎなんだよ。ところでお昼ご飯もう食べたか?」

「まだですけど……」

「じゃあ、お昼しながら話そうぜ。必要経費ってことで奢るから」

「ゴチになります」


 必要経費とわざわざ理由つけたがる辺りも昔からだ。

 単に格好つけたいだけなのはわかってるけど。

 でも、そういう所も微笑ましい。


「なんか、生暖かい目で見られてる気がするんだけど」


 いけない、いけない。表情に出てたらしい。


「気の所為ですよ」

「納得行かないけど……まあいいか」


 言っても仕方がないかと追求をやめてくれて助かった。

 八太郎さんはカッコイイところもあれば、ちょっと子どもっぽい所もある。

 諸々引っくるめて好きになってしまっているのが現状だ。


◇◇◇◇


 大学付近のファミレスにて。


「はい、お水」

「ありがとうございます」

 

 こちらが動く前にさっと水を持って来てくれる。

 さりげない振る舞いが出来るのは私に限らずポイント高いと思うんだけど、なんで浮いた話の一つもないんだろう?


「じゃあ……さば味噌定食お願いします」

「こっちは……まぐろ丼定食お願いします」

「かしこまりました。しばらくお待ちください」


 ウェイトレスさんが去っていく。


「相変わらず鮪好きですね」

「それ言うなら、佳代は昔から鯖好きだよな」

「小さい頃の好みはそうそう変わらないものですよ」

「かもな」


 考えてみると、八太郎さんとの付き合いはもう何年になるだろう。

 私が小学校低学年くらいに知り合った気がするから……


「もう八太郎さんとの付き合いも結構長くなって来ましたね」

「佳代が6歳の頃からだから、12年ってところか」

「本当に凄い腐れ縁です」


 ちょっと軽口を叩いてみる。


「おい。腐れ縁とかひどいなあ」

「冗談ですよ、冗談。なんだかんだお兄さん的な存在でしたし」

「それはそれで複雑だな……」

「親密度を表現したつもりなんですけど」

「そこは、憧れの先輩的な方が嬉しいな」

「残念ですけど、憧れは諦めてください。色々見すぎてますから」


 2歳差という事で同じ学年では無かった。

 でも、付き合いはあったから子どもっぽい部分もいっぱい知っている。

 リスペクトはあるけど、やっぱり身近な存在という気持ちが強い。


 ちょっとした雑談を挟んで鯖味噌定食と鮪丼定食が運ばれてくる。

 来た来た。鯖を見ると「生きてて良かった……」と思える。

 大げさ過ぎ?


「鯖が来ると目が輝くなあ」

「八太郎さんも鮪が来ると目が輝いてますけど」

「……まあいいか。食べよう」

「はい」


 しばらく、お互い無心で好物を味わう。

 美味しいものは黙って味わうのに限る。


「バイトの内容なんですけど、詳細を聞いても?」

「そうだったな。念の為だけど佳代はPCの扱いは問題ないよな」

「昔八太郎さんにみっちり教えてもらいましたから」

「なら、そこは省略。まあ、秘書と言ってもそんなに難しいことじゃない。俺の仕事については前に話したことあったっけ」

「雑誌記事執筆とか、講演とか。サイト製作とか色々やってますよね」

「そうそう。お客さんが評価してくれてるのはいいんだけど、ついついキャパ超えて仕事引き受けちゃってな。最近、忙しすぎてマジヤバい」


 少しげっそりした様子で言う八太郎さん。

 こんな表情をする程に大変なんだ。


「だとすると、スケジュール管理に加えて、進捗管理とかもした方がいいですか?」

「その辺は募集要項に書くか迷ったんだけど。やってくれるなら助かる」

「昔からそういうのは得意ですから大丈夫ですけど。時給弾んでくださいね?」


 別に本気じゃない。ちょっとした軽口。


「おっけー。じゃあ時給は2000円くらいでどうだ?」


 なのに、迷うことなく即決。

 時々軽口にマジレスが返ってくるのはいいところなのか悪いところなのか。


「さすがに冗談ですよ。1500円でも高過ぎるくらいですし」

「いや。週5でやってもらうわけだから、もっと時給高くすべきかと思ってたし」

「週5でも1日2時間なら全然大丈夫ですけど」


 一日辺りの仕事量を考えればむしろ少ない方とも言える。

 私は毎日少しずつのタスクは得意な方だから、平気。


「まあいいや。なんとなくOKな雰囲気だけど、佳代は大丈夫か?」

「知らない人だったらよく考えてたでしょうけど、八太郎さんですし」

「じゃあ、明日からよろしく頼む。書類とかも随時メールでもらえればいいから」

「はい。じゃあ、よろしくお願いします」


 こうして淡々とバイトの話が決まった。

 でも、口実をつけて八太郎さんとの距離を縮めるチャンスかもしれない。


(明日次第だけど)


 色々、狙ってみよう。

 高校の頃までの、一歩進んで一歩下がる関係から脱却したい。

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