第86話 不帰の客


「フランソワ」

 銃声は遅れて響いた。

 追いついてきた騎兵隊の射撃だった。

 馬上に立ち上がった姿勢のまま、フランソワは動きを止めた。

 彼女は、撃たれた箇所かしょを見、それから私たちへ向かって、まるで舞台を終えた役者のように、優雅に、そして一寸ちょっとはにかんだ辞儀をすると、そのまま仰向けに落ちて行った。

 それで終わり。

「フランソワ! ビッツィー車を止めて、ビッツィー!」

「無理よ」

 牛の群れが去った後を、騎兵隊が追って来ていた。銃弾が何発か頭上をかすめる。

「止まれ」

 彼らが叫ぶ。それが誰の声だったのか私には分からない。何も分からなかった。

 弾丸の飛び交う中、ビッツィーは車を加速された。

「転移術を使う」

「やめて、やめて」

 車が空間を破った。

「戻って。フランソワを助けに行って、お願い」 

「捕まるだけよ。何もしてやれない」

 ビッツィーは前を向いたまま、何度もそう繰り返した。


 車は異空間を抜け、私達はフランソワの居ない旅路へ放り出された。

 車は、ギクシャクと走った。

 車体が揺れるたび、私達は頭を垂れた。

 ずっと黙っていたビッツィーが口を開く。

「空間移動を使ってしまったわね。一回はフラウ=ナ=ヴエルのために取っておかないと」

 それに対して私は何か云ったと思う。

 でもビッツィーは何も応えなかったし、私も自分が何と云ったか忘れてしまった。だから、もう一度、私は何かを云った。

「もう、フラウ=ナ=ヴエルなんてどうでもいい」

「どうでも良い?」

「どうでもいい」

 ビッツィーはハンドルを叩いた。

「どうでも良い。此処ここまで来て? ああそう。今までずっと三人で旅して来た事は全部無駄だったわけ」

「そうだよ三人でやって来たんだよ。フラウ=ナ=ヴエルはフランソワを見捨ててまで行かなくてはいけない所?」

「違う。私達三人の旅があったから、フラウ=ナ=ヴエルは行かなくてはいけない場所になったのよ。三人で目指した所が価値のある所だわ」

「分からない。何も考えられないよ」

「私がフランソワなら戻って来て何て絶対云わない。あんただってそうでしょ」

「それで平気なの? 生き延びたって、ずっと今日の事を思い出して生きてくんだよ」

「慣れてる。それが生きるという事だから」

 走りながら話し続けた。

 あるいはずっと黙っていた。

 分からない。憶えているのは、私がフランソワの生きている可能性を主張し続けた事だけだ。

 醸造ゾンビィは丈夫なんでしょう。

 それに急所に当たったとは限らない。後ろから簡単に当たる位置じゃないんだ、そうでしょ。

 アイツら屹度きっと手当てをしてくれるよねえ。法律でそうなっているよねえ。

 多分、そういう話を一〇〇回も聞かされたであろう後、ビッツィーがぽつりと云った。

「ねえノリコ。仲直りがしたいわ。フランソワを置いて行った事」

 私が正気を取り戻し始めたのは、この言葉を聞いたからだったと思う。全ての責任をビッツィーに押しつけていた自分に気づいた。ビッツィーがフランソワを置いていったのではない。私達がフランソワを守り切れなかったのだ。私達二人共が。

「うん。私も仲直りしたい。ごめん、ビッツィー」

「そう、良かった」

「ビッツィー」

「何」

「私達、引き返せないね」

「……そうだね」

 こうしてフランソワとのお別れが終わった。

 乾いた空の下を車は走り続けた。

 私とビッツィーの物語も結末に近づいた。

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