第85話 フランソワ


 爪の一撃を辛うじて銃身で受けた。

 『猫』はその儘『まま』走り過ぎて行く。そしてまた起伏の影に隠れて見えなくなった。

 彼らは戦いに執着していない。とにかく消耗戦をやるよう教育されているようだ。


 銃弾の当たらない位置を維持して、包囲を崩さない。

 丸腰に見えるビッツィーにも迂闊うかつに近づいては来ず、彼女を護衛する毒蟲にも注意を払っている様子だった。

 かと云って射撃の手を休めると、包囲を狭め、仕掛けてくるのだった。複雑に動いて的を絞らせない。

「散らばられると如何どうにもならない」

 ビッツィーを背に、私は出来うる限り応戦した。

 銃弾を曲げ、跳弾であざむき、影矢を放ち、岩を撃って砕片で攻撃した。七頭いる内一頭を倒し、もう二頭の脚に怪我を負わせた。

 が、敵の目的は消耗戦だ。集中して撃ち続ける事と、銃弾の生成は想像以上に私の体力を使った。傷からの出血もある。ビッツィーも蟲嵐むしあらしを使うような力は残っていなかった。

 騎馬隊も直ぐ近くまで迫っているはずだった。彼らに遭遇すれば、今度こそ捨て身の戦いにらざるを得ない。彼らはライフルを持っているはずだからだ。

「撃つのを止めないで」

「分かってる、でも銃弾のリロードには時間がかかる」

 ビッツィーは車をひっくり返そうと頑張っていた。この状況、車なしで逃げる事は不可能だった。

「くっそ重てえ」

 昨日の傷が開いたらしい。ビッツィーの腕が真っ赤に染まっている。

 リロードの隙を狙って『猫』が飛びこんで来る。

 腕で受けようとした。

 が、『猫』が仕掛けてきたのは、擦れ違いざまの爪ではなく、体当たりだった。

 単純な体重でも『猫』の方が上。しかも相当な勢いが付いていた。肋骨がきしんで肺がが空っぽになる。地面を転がり、立っていられずうずくまった。

「ビッツィー。車は諦めて。逃げて……」

「そのまま屈んでて」

 直後、爆発が起こった。

 突風のような瞬間的な爆発で、それは飛びかかって来る『猫』達を吹き飛ばした。

 他の『猫』達も驚いて遠ざかった。

「ビッツィー!」

 私は咄嗟とっさに車のガソリンが爆発したとばかり思った。

 そうではなかった。車は宙を舞って、一回転すると上手い具合にタイヤから着地した。何処どこも燃えてもいない。

「心配しないで、発酵はっこうさせた血を燃焼させて見た。車の下に垂らしてね。上手い具合に爆発がひっくり返してくれたわ。ラッキィ。醸造ジャッキってとこかな」

「……なんにでも醸造ってつけるのやめようよ」

「いいから乗って。ん。エンジンの動作確認も……ヨシ。因みにラッキィとジャッキが掛かってるからね。笑って良いのよ」

 多少、怪しい揺れ方をしながらも車は走り出した。

「フランソワを探さないと」

「走りながら探すしかないわ」

「そう云ったって……」

 『猫』たちが再び追いかけて来る。

 走行中、車へ乗り移って来られたら如何どうにもならない。

 二丁拳銃で追い払おうとするが、『猫』たちは左右へ展開して、狙いを定めさせてくれない。しかも揺れる車上とあっては命中率はゼロに近かった。

 ビッツィーが云う。

「いよいよ転移術を使うしかないかもね」

「フランソワを置いていけない」

「私だってそうだけど――」

 『猫』たちが追いついてきた。彼らが跳ぼうと身をたわませた、その時だった。

 地響きが聞こえた。

 騎馬隊の馬ではない。もっと大きい。

 牛だった。

 牧場の巨牛たちが群れになって走って来る。恐ろしい質量のかたまりで、まるで土石流だった。

 それが車と『猫』たちの間に割っ入って来た。追っ手の進路を遮ってくれたのである。

「何? 何?」

 私が何かしたわけでもない。ビッツィーの作戦でもない様だった。

「臭っさ。牛くっさ。如何どうした――あっ」

 最初の牛が横切って行った時、私たちは何が起こっているのか正確に察した。

 牛の肛門に枝が刺さっている。

れはフランソワの手口!」

「ウィイイイイイ」

 まさに彼女の歓声が響いた。

 牛たちの後方から、二角獣バイコーンに乗ったフランソワが駆けてくる。鞭の代わりに木の枝を振り回し、もう一方の腕を高く掲げてポーズを取っている。握り拳から小指と人差し指だけを立てた牛角のポーズだ。

 巨牛の群れを伴って最高のタイミングで駆けつけてくれた。後から来る牛達のお尻にも小枝が刺さっている。

「酷い。さすがフランソワ!」

 巨大牛の群れを爪で止められるはずもない。

『猫』たちは引き返すまもなく巨牛の波に呑みこまれて行った。

「フランソワ。最高に悪い子!」

 ビッツィーもハンドルを叩いて喝采かっさいした。

 後はフランソワを連れて逃げるだけである。

 フランソワは馬を車の横へ寄せた。それから馬の角をつかんで、背の上へ器用に立ち上がった。

 私は手を伸ばした。

「フランソワこっち。もう、すごいバランス」

 フランソワがこちらへ飛び移ろうとする。

 こんな状況にもかかわらず、私もビッツィーも愉快な気持ちになっていた。

 何時いつだってそうだった。フランソワが生きて、何かしているだけで私たちは楽しくて、笑顔になるのだった。それが私達のフランソワだ。

「フランソワ」

「フランソワ」

「アイッ」

 フランソワも笑っていた。

 私はこの笑顔を決して忘れない様にしよう。

「こっちへ飛び移って」

 フランソワは両足を揃えてジャンプしようとした。その時、彼女の体がいやな感じに跳ねた。誰が撃ったのか私は顔を見ていない。

 銃声はやや遅れて響いた。音は後。血が、先。

 胸から、フランソワの胸から、真っ赤なものがあふれれた。

「フランソワ!」

 私達のフランソワ。

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