第84話 交戦


「ビッツィ-? フランソワ!」

 下が草原だったおかげで、大怪我はせずに済んだ。煙で周囲が見えない。目を拭いながら必死で二人を呼んだ。

「クソ馬鹿ども、私に薬学兵器使って来やがった。二回も!」

 ビッツィーの声だ。彼女は無事のようだ。だがフランソワの声がしない。

「ノリコ、無事?」

「フランソワ。フランソワがいない」

「とにかく私の所へ来て、声の方に」

 手探りで声の方に急いだ。『猫』たちの足音が近づいてくる。『猫』がマスクをしていたのはビッツィーだけでなく煙幕の対策だったのだ。その代わり噛みつきや嗅覚は封じられているのだろうが、存在自体が脅威には違いなかった。

「ビッツィー」

「こっちへ」

 一気に穴の中へ引きずりこまれた。

 ビッツィーは地面の下にいた。醸造術で土を液状化させてトンネルを作ったらしい。

 アルコールで満ちた穴だ。

「これでガスを洗い落としな」

「これはこれでみる」

「文句いわない――潜って」

 頭上に突風が吹いた。『猫』が駆け抜けていったのだ。潜らなければ爪にられていた。

 一旦いったん行き過ぎたものの、『猫』達はすぐに戻ってきて、酒穴に殺到した。

 私は『猫』に気づかれないよう、静かに銃を構えている。

 高原を吹き渡る風のおかげでガスは消えていた。

 此処ここからは、酒穴の入り口を爪で掻き続ける『猫』達の姿が、はっきり見える。

 ビッツィーの掘った穴はトンネルだ。私達はすでに別の出入り口へ移動していたのだ。

「醸造モグラってとこね。質のいい土で堀やすかったわ」

「どっちかっていうとミミズっぽいよ」

 『猫』はまだ此方こちらに気づいていない。向こうに私達が頭を出すものと思って待ち構えている。私は酒穴の中から銃の狙いを定める。

 引き金を引く寸前のところで、口笛が鳴り響いた。

 上空から。『鳩』だ。飛竜の騎手が私達を見つけたのだ。

「くそ。バレた」

 慌てて撃ったが遅かった。

 『猫』達は斜面の影に逃げ散ってしまう。大波のうねりのような、草原の起伏が、塹壕ざんごうの役割を果たしている。此処ここからでは撃てない。

「邪魔すんな馬鹿」

 ビッツィーが空へ向かって毒蟲どくむしを飛ばした。「『鼻から脳みそへ潜りこむヤツ』これで『鳩』は嫌がって近寄って来ない」

「移動しよう、ビッツィー。『猫』に囲まれる」

「おっと」

 酒の穴から這い出した所でビッツィーは蹌踉よろめいた。今の魔術でかなり消耗したようだ。やなり疲れが溜まっている。

 フランソワを拾って早く逃げるべきだった。しかし名前を呼んでみても返事はない。

「フランソワどこ」

 どこか起伏の影で気を失ってるのだろうか。

「醸造ゾンビィは丈夫だからきっと大丈夫よ。体力が回復したら蟲に探させるわ」

 戦えるのは私一人の様だった。

 騎馬隊の到着までにはまだ少し時間があるはず。ずは『猫』を遠ざけるべきだった。

 とにかく威嚇射撃を切らせない様にした。

「撃ち続けて。車は私が」

「分かった」

 云いながら、視線を走らせる。しかし矢張やはりフランソワは見当たらない。

 しかも、頼みの車は岩に乗り上げて横転していた。風に乗って馬のいななきが聞こえた。騎馬隊が迫っているのだ。

「ビッ――」

 ビッツィーに報告しようとした時、間近に『猫』の足音と息づかいがした。マスクをした『猫』の顔が目の前に迫っていた。


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