第83話 煙幕


 『猫』は草原を機敏きびんに駆けて来る。

 此方こちらの車は、草原の起伏に沿って跳ねたり、つんのめったりしている。逃げ切れそうにはなかった。

 私は助手席で銃を構える。

「深追いしても無駄よ。向こうは消耗戦を狙ってる。追い払うことだけ考えて」

 ビッツィーは最適なラインで車を走らせるのに忙しい。

「分かった。まずは一寸ちょっと試してみる」

 昨夜奪っておいた『猫笛』を思い切り吹いてみた。

 『猫』たちの動きに変化はない。

 何か対策を施したのだろう。よく見ると『猫』はマスクのような物で顔をおおっている。あれがそうなのだろうか。

「ダメみたい」

「でしょうね」

 『猫』は一気に距離を詰めようとはしない。しかも、銃口を向ける動きを敏感に察知して、身をかわす。昨夜とは別の『猫』なのだろうが、拳銃に対する対応を教え込まれているようだった。

 騎馬隊はまだ、下の方にいる。草原の起伏の所為せいで、影に見えなくなったり、姿を現したりする。

 その度少しづつ近づいてきている。草原での速度は馬の方が上なのだ。

 ビッツィーも状況を確認して、

「立地が悪いわ。燃料の消費が激しいけど、どっか崖にでも誘い込んだ上で転移術ワープを使うしかないわね。結局それが安上がり」

「じゃあ、私がそれまで何とか――」

 そこまで話し合った時だった。

「アイ」

 フランソワが空を指さした。飛竜が高度を落として近づいて来る所だった。

 狙撃は心配ない、とビッツィーは云っていたが、飛竜はすれ違いざまにカプセルのような物を落として行った。

 それが車の前方で弾けたかと思うと、一気に膨れ上がった。

 煙幕。

 それも宿に投げ込んできたような催涙性の物だった。

「伏せて」

 ビッツィーが叫ぶが、その時には煙の中に突っこんでいた。急ブレーキの音。車がスピンした。振り落とされそうになる。必死で脚を踏ん張った。が、衝撃。たぶん岩に乗り上げたのだと思う。気づくと私たちは車から投げ出されていた。

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