第82話 お嬢様がた気をつけて


 これは分かり切った事だったが、私達は負けるだろう。

 例え此処ここを切り抜けたとしても、何時いつかは。それは仕様しょうがない。どう転んでも私たちが悪いのだから。

 ただそれでも、私達の事はきっちり解らせてりたい。それぞれの生き方。何に喜び、何に怒るのか。何より私たちが三人でいた事。

 ビッツィーが悪人なのではない。私たち三人共が悪人なのだ。悪事が好きなのではない。三人で遣る事が大好きなのだ。


 海原の様に起伏する草原を、時々タイヤをとられたりしながら進んだ。陽射しの強さからいって、正午を過ぎた頃だと思う。追っ手の姿を視認した。

 放し飼いのバイコーンが騒ぎ出した。性質の違いなのか巨牛達はのんびりしていた。彼らの巨体のあいだを縫って、黒い影がいくつも近づいて来る。

 『猫』だ。

 さら稜線りょうせんの下の方に、十騎程の騎馬隊の姿が見えた。

 想定より早い。そして小勢こぜいだった。

 もっと沢山、数十人単位の追っ手が来るものと思っていた。

「成る程。足の速い『猫』と少数で早駆けしてきた訳ね。先遣隊せんけんたいで足止めして本体の到着を待つつもりでしょうよ」

空間術ワープで逃げる? ビッツィー」

「そろそろ温存しておきたい所ね。フラウ=ナ=ヴエルへ入るには空間術が必要なはずだから」

「じゃあ私が何とかやっつけてみせる」

「期待してる。でもね――」

 目眩がしたのかビッツィーは一瞬、黙った。顔が真っ青だった。昨夜は血を流しすぎたし、朝からはずっと車を走らせている。

「ビッツィー?」

「超余裕。あんたはその大っきいので追っ手を撃ってくれなきゃ」

 ビッツィーが強がりを云うのは本当に辛い時だ。

「ンッ」

 後ろの席からフランソワが頭を差し出してきた。自分を飲むようにすすめているらしい。

 これを遠慮するビッツィーではない。

「遠慮しないわよ。私は自分に必要な物は躊躇ちゅうちょなくるって決めてるんだから」

 ビッツィーはストローを取り出してその通りにした。

 それら彼女はこう云った。

「ねえ、あんた達。これはあんた達がるべき事でもあるのよ。此処ここからは自分が生き残ることを最優先にして。そうじゃなきゃ私だけ遣ったら悪者みたいでしょ。私達の間に裏切りなんて言葉は存在しない。だから裏切っても良い。分かった? 生きる事が命の勝利なんだからね。いい? ちゃんと皆で裏切ってよね。裏切る約束を裏切んなよ」

 また変な事を云い出したものだ。もっと素直に云えば良いのに。

 私とフランソワは顔を見合わせた。

「はいはい」

「あいあい」

 私たちはビッツィーの肩を揉んだり突いたりしてじゃれ合いを始めた。

「やめなさいよ。こっちは本気で云ってんだからね」

 今日のビッツィーは可愛い。何だかこの三人で何処どこかに産まれて、ずっと三人姉妹で生きて来た様な、存在しない小さい頃の出来事まで思い出せそうな、甘ったれた気分になった。たぶん三人ともが、そうだった。

「やめろもう。シートを蹴るのを、やめてください。もう、ああ、ああ。降参。いい天気」

 ハンドルを握ったまま、ビッツィー天を仰いだ。少しのあいだ笑い、それから表情を引き締めた。

 頭上に飛竜の影が見える。

 『猫』たちが迫って来ていた。

「始めよう、ビッツィー」

「アイ」

「やれやれ。お嬢様方気をつけて」

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