第78話 水


 空間移動を繰り返して現場から遠ざかった。

 綺麗な沢を見つけて車を止めた。ドロドロになった浴衣を着替える。

「さあ、秘密のポケットもこれですっからかん」

 奪ったり、買ったりしてきた衣装はもう無くなってしまった。残ったのは最初の服だけた。私とフランソワは制服姿。

「結局、制服に戻っちゃった」

「ウェイ」

 お気に入りの服でフランソワはご機嫌だ。彼女はボンネットに座って歌い始めた。

 ビッツィーは醸造術を使って怪我の手当てをした。傷口に有益なむしを詰めて止血と消毒をするのだ。

 彼女は云った。

「分かってると思うけど、今は一時的に逃げられただけだからね。山を下りればすぐ見つかってしまうし、無事この山を越えられた所で、どうなるか分からないわよ。目的地のフラウ=ナ=ヴエルを知られてしまったからね」

「なら尚更なおさらフラウ=ナ=ヴエルを掴まえないとね。フラウ=ナ=ヴエルへ行けば如何どうにかなる。そうでしょビッツィー」

「命がけになるかもよ。『カタキン野郎』は躊躇ちゅうちょなく撃って来る」

「だから? 此処ここでお別れなんて云わないでよ」

「頼りにしてるわ」

 ビッツィーは肩をすくめた。

 私達は微笑み合い、それからフランソワを眺めた。

 彼女は私たちが巻きこんだ様なものだ。これ以上の危険に付き合わせるべきだろうか?

「ねえフランソワ……」

 フランソワは反対を向いて歌い続けている。私たちが声を掛けても、ムキになったように歌うのを止めなかった。目に、涙がいっぱいに溜まっていた。

「フランソワ……」

 私は空になったワインボトルに沢の水を詰めて差し出した。

「フランソワ、ビッツィー。私達三人でフラウ=ナ=ヴエルへ行こう」

 フランソワの表情が輝いた。フランソワ。カルベリィで最も美しい女の子。

 それから私達は水を回し飲みした。

「私達の素晴らしい人生のために」

「私達の素晴らしい未来のために」

「アイッ」

 そろそろ、旅の終わりが近づいていた。

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