第73話 猫
近づいてきた警官を、ビッツィーは
私は泥の中に隠れて機会を
「おい何やってる。撃つんだよ。全員で発砲しろ」
『片目の男』の男は文字通りビッツィーを目の敵にしている。部下を
「早くしろ、もう同士討ちになるような状況でもねえだろ」
「はい――」
「撃つな。蟲のせいで銃身が朽ちかけてる」
従おうする部下を、別の警官が制止した。
しかし片目の男は諦めなかった。
「勝手に命令してんじゃねえぞ。指揮官は俺だ」
「暴発の恐れがあるんです」
「いいから撃て阿呆」
「ならアンタが撃てばいいだろ」
そう云われると男は弱気を起こした様だった。
「俺は……こんな眼だからよ。意地悪云うなよ……」
「いったん陣形を立て直しましょう。焦らなくても相手は疲労しています」
「だが……」
「もう護符はないんですよ。ドイルさんを危険に
これで片目の男は折れたらしかった。
「だから連れて来たくなかったんだ畜生。だがあの女に回復の機会を与える事になっちまうじゃねえか、またあの嵐を
こう云われて、側近の男は答えた。
「待機させていた『猫』に時間を稼がせます」
「ネコ」
片目の男の口調が明るくなった。
「そうだ『猫』がいたじゃねえか。早く使え馬鹿。お前。お前がやるんだよ」
そう云って『片目』はライフルで部下を殴った。
「『猫』は煙幕を嫌がるもんでね」
叩かれた警官は、云い返しながらも、笛のようの物を取り出して吹いた。
私には何も聞こえなかったが、屋上のフランソワだけが耳を押さえた。
同時に、森がざわめいた。何かが飛び出して来る。
黒豹に似た生物だった。訓練されているのだろう。この状況でも落ち着いていた。ブルブルと体を振って、毛並みについたアルコールを吹き飛ばしている。
牛とまではいかない。しかし大型犬よりは体格が良い。
そんな肉食獣が、アルコールの
ぜんぶで四、いや五匹もいた。
「よおし。行け行け」
『片耳の男』が指示を飛ばす。
『猫』は其『そ』の声には微動だにせず、側近が音もなく笛を吹くと一斉に身構えた。
そして、左右にフェイントをかけながらビッツィーへ迫った。
ビッツィーは
先頭の『猫』を横薙ぎの蟲嵐が襲った。
『猫』は吹き飛ばされ
ビッツィーの方は、自分の動作の
残った『猫』の四匹が、手足と首めがけて飛びかかる。
「噛みつけ」
叫んだのはビッツィー本人だった。
言葉の意味を了解出来たのは、警官隊でも『猫』達でも、私でもなかった。
宿の老夫婦である。
二人には
宿の中に伏せていた二人が、主人であるビッツィーの命令に従って飛び出した。笛を持つ警官へ襲いかかる。彼が『猫』を操っているのをビッツィーは
「止めろ、
想定外の出来事に『猫笛の男』が悲鳴を上げる。
訓練された『猫』達は、狩りより主人の安全を優先した。取って返して二人の老人を引き倒した。
「待て。待て」
笛の警官が止めなければ『猫』は、二人の首を食い千切っていただろう。
「テメエこら」
『片目の男』がライフルで老人たちを殴り始めた。
周囲が止めに入る。
「止めて下さい。操られているだけの民間人です」
「バカこら。安全な保証あんのか? あ? ヤツの術を受けた時点で死人も同然だと思えコラ馬鹿」
「落ち着いて」
その頃には、倒れていた警官達が復帰し始めていた。
『片目の男』は、護衛が増えると気分が良くなったのか口調を変えて、
「まあいい。もう終わりそうだしな『猫』は良くやっている。後でたらふく肉を喰わせてやれ。俺は動物は好きなんだ」
彼らはビッツィーを見た。
ビッツィーの腕から、血が黒々と流れ落ちていた。首を庇った結果だろう。
とっさの機転で命拾いはしたが、無傷という訳にはいかなかったのだ。
ビッツィーは傷に口をつけて、血を吸った。
血を確認して『片目の男』は更に上機嫌になる。
「よしよしよしよし。良いぞ『猫』は。良い『猫』達だ。だがあまり俺に近づけるな。とっととあの女の四肢をもいで来い」
警官が笛を吹いた。
五頭の『猫』が、再びビッツィーへ向かって走る。
ビッツィーの渾身の
先頭の『猫』たちが直撃を受けた。わずかに耐えたものの、一瞬後には二頭が跡形もなく分解されて、アルコールの雨に変わった。
その二頭が、後続の盾になった。
残った三頭の『猫』が一斉に食らいつく。
黒い毛並みの下に、ビッツィーが見えなくなった。
『猫』から悲鳴が上がる。
一匹の『猫』が串刺しになっていた。地面から伸びた蟲の塊である。ビッツィーの血と共に地面に染み込んでいた物が槍の様に伸び上がったのだ。
残りは二頭。
組み伏せられながら、ビッツィーは口中の血を吹き付けた。その中にも蟲を飼っている。一頭が顔を掻き
残る一体とは取っ組み合いになった。
『猫』は上から、手足を噛み砕こうとする。
ビッツィーは、蟲を
その応酬だった。強い魔術を使う隙を『猫』は与えてくれない。
時々、鬼火が
ビッツィーと目が合った。私を見つけた。彼女が視線の動きで語りかけて来る。
さっさと逃げろ。
そう云っていた。
これで私も認めざるを得なかった。もうビッツィーには打つ手がない。彼女はお別れを云っているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます