第69話 足手纏い


 念のため、空間移動で山を二つほど越えた。これで追っ手は更に混乱したはず。真逆まさかまだ山脈に沿って行動しているとは思わないだろう。

「アイ」

 後部座席でフランソワが声を上げた。

「フラウ=ナ=ヴエルの階段だ」

 空から光の粒子が降ってくる。フラウ=ナ=ヴエルの階段を近くに見たのは久しぶりだった。しかし、それは消えかけていた。

「取り逃がしたか。ちょっと遅かったわね」

 ビッツィーは地図を開いて印を書き込んだ。フラウ=ナ=ヴエルへ階段の目撃情報をメモしておいた物だ。

 こうして、鳥を追うようにフラウ=ナ=ヴエルを目指しているのだった。

 此処ここからフラウ=ナ=ヴエルを追うには、更に山を越える必要がありそうだった。


 手がかりを頼りに、私達はフラウ=ナ=ヴエルを追った。

 その間、追っ手とも蜉蝣かげろうとも全く遭遇そうぐうしなかった。

「休むところを見つけましょうか」

 ビッツィーが云った。其所そこはかなりふもとに近い場所だった。

 車中泊では、人に遭遇する恐れがある。野宿だって目立つだろう。

 という訳で宿を取る事にした。

「まあ、田舎だし虫取りに来た学者とでも云えばいけるでしょ。田舎者は権威に弱いから」

 偏見へんけんに満ちた発言をしながら宿場の門を叩いた。

 個人宅の二階を貸している様な、こぢんまりした宿屋だった。

「客か」

 出迎えた老夫婦も無愛想だったが、その方が都合は良い。ビッツィーも気に入ったようだ。

「うん。こういうので良いのよ、こういうので。でも考えたらこっちの方が早いわ」

 ビッツィーは髪を一本引き抜くと、それへふっと息を吹きかけた。

 髪が燃え上がって、煙が無愛想な老夫婦を包んだ。

 二人の瞳から意思が消えた。ビッツィーが上着を脱いで渡すと、彼ら教育の行き届いたホテルマンのように仕事へ移った。

「これで通報される心配はなくなったわね。そして術が切れたあと、彼らは私たちの事を忘れる」

「キレキレだねビッツィー」

「ザ・ニュービッツィー」

 立ち去る前に、魔術の痕跡を消せばサンプルを取られる必要も無いはずだった。


 部屋に上がるなり、私たちはゴロゴロしだした。燃料を得たとはいえ、無駄には使えない。山中をかなり歩いていた。

「ノリコ足の裏踏み踏みやって」

「はいはい。それでこれからはどうする? フラウ=ナ=ヴエルの進路を予測して進むんだよね」

 ビッツィーはうつ伏せのまま、頷いて、

「この大陸中で追いつくのは難しいかも。その場合は大陸へ渡ってからの勝負になるわね」

「じゃあ進路としてはフラウ=ナ=ヴエルを追いつつ、大陸へ近づける南西方向のルートになるかな」

「それだとやっぱり山越えになるわね。この先にある『ゴ=シキ高地』は無茶苦茶標高の高い山って訳じゃないけど、転移術で越えられる距離をオーバーしてる。だから山越えの準備がいるかな」

「私、街へ降りて買ってこようか?」

「いっそ迂回うかいしましょうか。山脈沿いに進むのが安全だけど、この様子なら降りて下の道を通ってもいけるかもしれない」

「平気かな。私、買ってこられるよ?」

「うーん……」

「私も皆のために何かした方が良いと思うんだ」

 それは最近、私がずっと考えていた事だ。

「足の裏踏み踏みとか、運転も代わってくれたじゃない」

「それくらいは出来るけど……」

「でもそうね」とビッツィーは云った。「私から逃げるなら今がチャンスかもね」

「……私が逃げたくて云ってると思ったの? 買い物に行ったまま戻らないって、そう思うの?」

「思わない。でも一案だと思う。実際トンボ野郎はやばいヤツだし、ノリコの立場になって考えればのタイミングで逃げるは悪い手じゃないと思うけど」

「怒ろうかな」

「痛い痛い」

「二人を裏切って助かろうとか思った事ないから」

「そう願う。でも生きるために方向転換するのは悪い事ではないのだからね。私なら生き残る方法を選ぶ。そして私が自分でることは、あんた達にれても仕方の無い事なのだからね」

 当たり前の様に、ビッツィーはそう云った。屹度きっと本心から云っている。

「……晩酌のさかな、抓み食い為れただけで怒る人が何云ってるの」

嗜好品しこうひんは別よ、別」

 この話はここまでになった。

 勿論もちろん私は逃げようなどと考えた事はない。

 けれどこの状況になって、今までの様にビッツィーへ頼りきりで良いのだろうか。

 足手纏あしでまといになる位なら、離れてれた方が良い。ビッツィーの言葉はそう云う意味ともとれるのだった。



 二日はこの宿で過ごすつもりでいた。

 けれどその一晩目の夜、私がフランソワに『ドラえもんのび太の宇宙開拓史』の話を聞かせてやっている頃、すでに追っ手が直ぐ側にまで迫っていたのだった。


 彼らは、凄まじい執念で私達の旅の軌跡きせきを辿り、其所そこにフラウ=ナ=ヴエルの階段との関連を発見したのだ。『トンボ野郎』か、それとも、あの下品な『片目の男』なのかは分からない。

 いずれにしろ、彼らは『フラウ=ナ=ヴエルの階段』の目撃情報を元に、私達の進路を予想し、私達の泊まる宿を割り出したのだ。

 彼らは宿から灯りが消えるのを待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る