第65話 採掘場から


 それは異様ではあるけれど、る意味で懐かしい風景でもあった。

 かつては山の中の開けた空間だった、のだと思う。斜面も、瓦礫がれきも、クレーンやブルドーザーの残骸ざんがいも、森に呑みこまれかけている。そう、重機があるのだ。この世界で機械は禁止されているはずだった。

「ここはずっと昔、鉱物の採掘場さいくつじょうだった所。機械が禁止されるよりずっと前のね」

 ビッツィーが教えてくれた。しかし、何故なぜそんな事を知っているのだろう。彼女は小屋跡みたいな瓦礫の山や、重機を調べて回っている。ブルドーザーはオオトカゲの寝床にされていた。

流石さすがに燃料のたくわえはないか。車のエンジンも没収されてる」

 塗装が剥がれて読めないが、重機にはメーカーの銘らしき物の跡まであった。本当に機械文明が栄えていた頃があったのだ。

 私も周囲を探し始めた。機械文明の事なら私にも役に立てる機会があるのではないか。そう思ったのだが甘かった。

「バッテリーとか、ダイナマイトとか、置いてないかな?」

「そんなもんあったって湿気でダメになってるわよ。ガソリンがあればベストだったんだけど、無理そうだわ。フランソワ。キャタピラに蹴り入れてると足の爪もってかれるわよ」

 探索を諦めたのか、ビッツィーは背伸びをした。

「無駄足だった?」

「まあ、期待はしてなかったから。もうしょうがないか。今日って満月よね?」

 ビッツィーは満月にこだわった。

「多分。昨日の夜見た限りだと、今夜がそうだと思う」

「そう。行きたくないけど仕様しょうがないわ。来て――」

 そう云ってビッツィーは私達を鉱山のトンネルへ誘った。

「入って平気なの?」

「平気。変な生き物とかガスとかあるけど、平気」

 声は木霊こだまして聞こえた。

 醸造蚕じょうぞうかいこの灯りを頼りに、立体迷路みたいな坑道内こうどうないを進んだ。

 ビッツィーの足取りに迷いはない。

 しかし私には同じ道を行ったり来たりしている様に見えた。えてっているとしたら、まるで何かの儀式だ。

 直角に曲がったり、引き返したりした、頑丈そうな鉄製のドアの前に到着した。

 開くと、唐突に外へ出た。

 坑道内のもった空気と入れ替わりに、桃の香りが満ちた。

 環境の変化に目眩めまいがしそうだった。私の感覚では鉱山の奥へ奥へ降りて行った感じだったのに。

 目の前には、桃の香りに包まれたお屋敷が建っている。

「まあ入りましょう。ああ疲れた陰気臭かった」

 ビッツィーは無防備に入って行く。

「え、入って大丈夫なの? 強盗をやるとかそういう事?」

「平気平気。誰も居ないし安全だから。ルールさえ守れば安全。守ればね」

「なんでルールの話二回したの? なんで念押した?」

 問い詰めたかったが、その間もなく、フランソワが一番乗りで飛びこんで行った。

「無防備。もう」

 私も仕方なく追った。


 

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