第五章

第64話 お嬢様野生時代


「鹿行った、鹿行ったよ」

「よっし。足刈れ、足刈れ」

「ウホ」

 フランソワが棍棒で鹿を転ばせる。私はひざと腕で、鹿の角を押さえこむ。

「しゃあオラァ」

 ビッツィーがのしかかって、熱烈なキッス。口内から醸造術じょうぞうじゅつを流しこんで狩りは完了した。

 フランソワが鹿のお尻を乱打して勝ちどきを上げる。

 私も両手を挙げて喜びを表現した。

「獲ったぞー」


 街で買った物は、馬で逃げている間に失って仕舞っていた。

 何の補充もできないままで山へ入ったのだ。

 でもビッツィーには蠱術こじゅつがあるし、何か考えの元に行動しているに違いない。

 そう思いながら山中を彷徨さまよう事、七日。私達は、すっかり野生化していた。


 醸造術は料理にもうってつけだ。

 筋肉質で固い腿肉ももにくが、果物のように柔らかくなる。生のままでもジューシーで甘く、ビタミンも摂取可能。更に醸造させた内臓を添えて焼けば、肉々しい歯ごたえと、フォアグラ並の濃厚な風味が楽しめた。

 かしら鹿酒しかざけ

「ウホウホ」

「肉、肉」

「鹿酒うめえですわ」

 暗くなれば樹上にまゆで巣作りして眠る。

 夜明けと共にまゆを突き破って目覚め、木の枝で歯を磨き、川に入って身を清める。朝食は川魚。毛皮のドレスの着こなしも分かってきた。そしてまた移動しながら、鹿肉。猪肉。熊肉。

「ウホウホ」

「肉、肉」

「熊酒うめえですわ」

 何度目かに繭を突き破った所で、私は正気に戻った。

「ビッツィー、これから如何どうするの?」

「そうだった。キャンプが楽しくて忘れてたわね」

「これをキャンプって云う? サバイバルだよこれは」

 私たちのキャンプは山中を移動し続けていた。魔術学会警察エイポが山狩りを始めているので、じっとしてはいられなかった。

 その事を話しながら朝食をっている時、まさに『トンボ野郎』の蜉蝣かげろうが姿を現した。

「ああ鬱陶うっとおしい」

 ビッツィーが指を鳴らす。

 蜉蝣かげろう型のむしは燐光を上げて燃え上がった。

 ビッツィーは新しく作った香水を、私達に振りかけた。

 蜉蝣かげろうの追跡を攪乱するため、もう何度も香水を作り替えていた。

 その度トンボ野郎は対応して、すぐに新種の蜉蝣かげろうを放ってくるのだった。

「また場所を知られたって事だよね」

「すぐに追っ手が来るって訳じゃない」

 そう云いながらも、ビッツィーは焼き魚の食べ残しを放って立ち上がった。山の獣がやって来た魚を咥えて行った。


 私達は再び山中を歩いて移動し始めた。

 馬はもう居ないし車の燃料は節約しなくてはならない。

 ビッツィーは何処どこかを目指して歩いている様だった。歩みは早かった。

 山狩りとの遭遇はビッツィーといえども避けたいはずだった。

 警官隊は醸造術じょうぞうじゅつに何らかの対抗手段をも持っている。これもトンボ野郎の仕業だと、ビッツィーは確信している様だった。

「カルベリィ以降、ずっと開発してきたんでしょうね。それを実戦投入してきた」

「トンボ野郎も近くに来てる?」

「カンだけど来てない。動きたくないのか、動けないのか、コイツは神殿を通して魔術式を送ってくるだけ。やり口で分かる」

「ビッツィー、今、私たちは何をするべき?」

「OSのアップデートが最優先。それで追跡を振り切ることが出来る。他にも方法はあるけど、結局はれが一番だと思う」

「OS?」

、時間が必要」

「分かった。OSのアップデート。次に車の燃料。時間はどれくらい?」

「安全な場所があれば、あと一週間で出来る。山中に居たままじゃあ一ヶ月掛かっても無理ね。フランソワ。フランちゃん。ちょっと頭撫でさせて」

「アイ」

「あとオンブしてって」

ヤッ

 ビッツィーは疲労している。

 キャンプなどと云ってはいるが、実は一日中、追っ手とトンボ野郎に警戒しながら、登山を続けているのだ。口には出さないが、かなり辛いはずだった。

 ビッツィーは続けて云う。

「トンボ野郎は神殿を介して追跡術を送ってくる。同じように山狩りのヤツらも神殿を拠点に行動してる。だから私たちはこうして神殿から離れるよう動いてる」

「目的地はあるの?」

「ある」

 とビッツィーは云う。そしてフランソワにおぶさりかかって、

「そもそもフラウ=ナ=ヴエルへ行ければ全部解決なんだけどね」

 そう云った。未踏にして永遠の都フラウ=ナ=ヴエル。其所そこならトンボ野郎も追っては来られないのだろう。

「ノリコ、今日って満月よね」

 歩き続ける間、ビッツィー何度かそう確認して来た。

 やがて、足下に草にまみれたレールを見つけた。廃線になったトロッコのレールなのだと云う。

 レールを辿って行くと、山中の採掘跡に到着した。

「ここだ」とビッツィーが呟いた。

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