第62話 地方都市


「都心部には神殿があるから、車の空間移動は使えない」

 馬を進ませながらビッツィーが云った。

 旅のあいだに何度か見てきたが、特に都心部の神殿は宗教的な外観をしていない。ビルのような神殿もあれば、商店のような神殿、希に個人の邸宅だったりもする。

 此方こちらへ来てかなり経ったが、やはり不思議な世界だと思う。魔術はもちろん、神殿によるネットワークはとても高度で、その反面、交通に関してはかなり制限されている。電車は本数も少なくゆっくり走り、自動車は禁止。都会でも馬車が普通に使われている。

 全ては神殿が睨みを利かせて、機械式や違法魔術を取り締まっているからだった。

「車は逃げる時の切り札にも使えるけど、街では色々な意味で見つかりやすいし、燃料の生成にも手間がかかる。節約しないとね」

 都から逃げて、私達はある地方都市へ近づいていた。

 ビッツィー特製の醸造じょうぞうドリンクを補充した馬は一日中でも元気に走り続けるが、私達の方が限界だ。フランソワなどは馬に乗ったまま眠っている。

「今日はこの街で休もうか。さて、とりあえず酒とイカだ」

「身の回りの物買うんでしょ」

 私達は物資の補充で商店街へ向かったが、至る所に手配書が貼ってある。

「ラア!」

 フランソワが手配書にキックする。

「フランソワ落ち着いて。目立っちゃ駄目」

「まあ、手配書の似顔絵見て通報する人なんかいないわよ」ビッツィーが云った。「似てないしね」

「でも警官エイポも結構行き来してるし」

「この国は神殿が多いからね。比例して神殿を守る警官が多いわけ。そっちを見回りやなんかに回してるのかもね」

「信仰の強い国なんだね」

「まさか」

 とビッツィーは笑った。なんだかこの国に来たことがあるような口調に聞こえた。

「そんな事より買い物を済ませましょう。南へ急がないとね」

 私たちの当面の目的は、都心部から離れることだ。

 ビッツィーは時間を稼げば、追跡を逃れるチャンスがあると云う。南へ向かうのはフラウ=ナ=ヴエルを追うためだ。

 それに、南下し続けてて島国の端まで行けば、大陸とも距離が近くなる。そこからなら密航もしやすいし、最悪、飛竜を使ってでも海を越えられるのだと云う。

「向こうも、まさか私たちがフラウ=ナ=ヴエルを追っているとは思わないでしょうからね、ちょっとは攪乱かくらんできるかもね」

 ビッツィーはそう云った。


 逃避行の準備のため、色々な物を買って回った。

 ビッツィーは逃亡者とは思えないような派手なものを買うのだが、それがビッツィーだ。私も気にせず欲しいものを買った。フランソワは通りすがりのカップルに缶詰を投げつけた。この状況でもみんな普段通りだった。

 買った物を馬に背負わせて、最後に酒屋へよった。

 店の入り口に私達の手配書が貼ってある。

 従業員はちょっと私たちを見たが、無表情で品出し作業を続けた。

 ビッツィーの云う通り、一々他人の顔を手配犯と比較して見るような人はまず居ないのだろう。

 会計を済ませた所で、店主の男が出てきて、大量購入のお礼を云い、

「よろしければ、試飲していって下さいませんか」

 と切り出した。

 何だか妙だな、と思っている内に、ビッツィーは出された一杯目を空けている。店主はどんどん飲ませた。

「もう行こうよ」

「まあまあ、お連れの方もどうです?」

 店主はそう云って、私に缶詰を開けておつまみの試食を勧める。さすがにこんな物まで勧めてくるのは変だ。

 その時になって、もう一人の店員さんの姿が見えないのに気づいた。

 よく見ると店主さんは、笑顔の割には顔色が悪く、やたら汗を掻いている。震える手でハンカチを使いながら、彼はバックヤードの方をチラチラ見た。

 外から馬の嘶きが聞こえた。私達の馬の声に聞こえた。

「アイ」

 フランソワが私のお尻を叩いた。何かあったと云う合図である。

「ビッツィー!」

 声をかけながら私は酒瓶をバックヤードの出入り口めがけて投げつけた。

 ちょうど、そこから警官エイポが飛び出して来る所だった。酒瓶は吸い込まれるように、男の顔に命中した。我ながら素晴らしいコントロール。本当はまぐれだったが。

 私たちは店の外に飛び出した。

 すでに、警官たちが集まっていた。

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