第57話 フラウ=ナ=ヴエルへの道


 フラウ=ナ=ヴエルを目指すことは忘れなかった。

 私達の旅は、フラウ=ナ=ヴエルの痕跡こんせきを辿る旅でもあった。フラウ=ナ=ヴエルは移動していると考えられているのだ。


 音も無く揺らめく、巨大な階段が空に浮かんでいる。

 水槽に果蜜シロップを流し入れた様にきらめきながら、空から光りの粒子が降って来る。その光の集まりには規則性があって、それが必ず階段の様に見えるのだった。

 『フラウ=ナ=ヴエルの階段』と呼ばれる現象なのだと云う。それが、フラウ=ナ=ヴエルの通ったあかしだと云う。


 私が初めて見た『フラウ=ナ=ヴエルの階段』は、かなり時間が経った後のもので、それは薄らいで消えつつあった。

 小さな粒子が一つ、私の所まで流れて来た。雪の一滴のようだ。手のひらで受けたが、温度も、重さも感じなかった。そのまま私を擦り抜けて浜辺の波に消えて仕舞った。

「どうやっても採取出来ないから、あの光の粒は物質ではなくて、空間の小さな歪みなんだって云われてる。でも、それすらまだ証明されたわけじゃない。フラウ=ナ=ヴエルの謎はまだ誰にも解かれていない」

 ビッツィーはそう教えてくれた。

 私達は空を見上げた。『フラウ=ナ=ヴエルの階段』は去って、雲一つない青色が広がっていた。

「フラウ=ナ=ヴエルは空を飛んでるの?」

「そう考える人もいる。ズレた空間の向こうに存在していると云う人もいる。ちょっとだけ此方こちらの次元と干渉かんしょうしてるから、その影響で『フラウ=ナ=ヴエルの階段』が発生するんだって」

「じゃあ……あの階段を追って行けばフラウ=ナ=ヴエルへ行ける? ぐっすり眠れるかな?」

「そうね。きっとそう」

 ビッツィーが云い、フランソワはなぜか機嫌を崩して愚図りだした。機嫌を直すとくしゃみを一つした。

「まあ、行ってみようじゃないの」とビッツィー。


 取り敢えず私たちはフラウ=ナ=ヴエルへ行きたい。

 フラウ=ナ=ヴエルへ行く事は私たちの免罪符めんざいふの様でもあった。『フラウ=ナ=ヴエルの階段』の目撃情報を追って、大海をも渡った。警察も私たちを見失ったかに思われた。

 船の中でもひと暴れした。結果、極めて豪奢ごうしゃな衣装をまとって、私たちは東方の島国へ上陸した。

 そこで次の令嬢と出会う事になるだろう。

 まったく順調だった。

 でも私たちは、慎重になるべきだったのだ。

 秘密道具を使って有頂天になったのび太くんは、必ずしっぺ返しを食らう事になるんだから。

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