第54話 フラウ=ナ=ヴエルへ行きたい


「フラウ=ナ=ヴエルへ行こうか」

 ビッツィーがそう云ったのは、私を元気づけようとしたのかも知れない。反対に単なる思いつきだったのかも。

 私は訊き返す。

「フラウ=ナ=ヴエル?」

「目的地。今日から私たちはフラウ=ナ=ヴエルへ行きたい」

 それから彼女はフラウ=ナ=ヴエルについて説明してくれたのだが、それはおおむねこういった話だった。

 ずっと昔、子供でも殺して食べてしまう様な、とても悪い王様がいた。彼は悪行のあまり国を追われてしまう。

 その悪い王様の名がフラウ=ナ=ヴエル。

 フラウ=ナ=ヴエルは、先々で子供を食べて生きながらえながら、逃げに逃げて、最果ての地に辿り着いた。

 そこで竜の死骸を見つけた彼は、その死体の胎内で瞑想めいそうして悟りを得たのだという。

 そしてついには最果ての地と同化して、土地そのものと同じになった。れからは彼と、の地に住む者たちは不死を得て、今も永遠の幸福を生きている。

「それで、その土地そのものをフラウ=ナ=ヴエルと呼ぶようになった。フラウ=ナ=ヴエルは今もこの世界のどこかで生き続けている。まあ胡散臭うさんくさい話でしょう」

 ビッツィーはそう結んだ。

「それってどこにあるの」

「誰も見つけた人はいない。だから探してみるのも悪くないじゃない?」

 胡散臭いと云われても、この魔法のある世界で、この話はどの程度胡散臭いのだろう。私には分からない。

「ただの昔話ってこと? 竜は実在するの?」

「竜はいるけども」

「いるんだ」

「問題はね、そんな悪いおっさんが悟りを得て、不死にまでなったって事よ。そんな悪徳覚者あくとくかくしゃの脳で造ったワインはどんな味がするでしょうね」

「それが『人間の終着駅』?」

 最初に遭遇そうぐうした時、彼女が自分で云っていた言葉なのだが、ビッツィーは憶えていないようだった。

「そんな事云ったっけ」

「云った」

「その話は置いといて、そんな凄いワインを飲んだら、ノリコも悪夢を見ないようになるかもよ。フラウ=ナ=ヴエルより悪いヤツなんてそうそういないんだから」

「……どういう理屈?」

「何にしたって目的地があった方が楽しいじゃない。私たちはフラウ=ナ=ヴエルへ行きたい。そして取りえずは暖かい所へ行きたい」

「アイ」

 これにはフランソワも賛成した。彼女は寒いのが嫌いなのだ。

「フラウ=ナ=ヴエル」

 私はビッツィーの言葉を繰り返した。フランソワも「アッアー。ドゥドゥ」と真似した。

 こうして、私たちの旅路はフラウ=ナ=ヴエルへ舵を切った。

 そして取り敢えずは南へ。

 やがて三人でフラウ=ナ=ヴエルへ行きたい。私たちの素晴らしい人生のために。

 これが当面の目的。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る