第51話 待ち合わせ


 旅の支度をしなくては。

 一旦別れて港で落ち合う約束をした。トビーは頷いてくれた。

 部屋に戻ると、ビッツィーとフランソワが居た。

 荷物は諦めることにした。気づかれずに持ち出す事は不可能だろう。何事もないふうを装って世間話をした。

 ちょっと行ってくる、と云って出かけた。ドア閉める時、フランソワが私を見ていた。


 アルバイトで貯めたお金だけを手に、路面電車へ乗った。トビーと出会い、会うようになって、気づけば季節は冬になっていた。額を近づけると電車の窓が曇った。ゆっくりゆっくり揺られて、港に辿り着いた。待合室のストーブの前で彼を待った。

 何本かの船が出て、人が途絶え、雪が降り始めた。やがてストーブの灯が消えても、彼は来なかった。

 私は朝まで居るつもりだった。けれど、そこまで時間はかからなかった。

 固い雪を踏む音がする。

 暗闇の中、傘をくるくる回しながら、フランソワが歩いて来るのだった。

「……一人で来たの?」

 フランソワは黙って傘を差し出した。

 私たちは一つの傘で歩いた。謝ろうかと思ったが、彼女の横顔はそれを拒んでいる様に見えた。

 私が次に口を開いたのは、もう少し歩いてからだった。

「トビーが来てくれるって思ったわけじゃないよ。自分を変えてみたかっただけ」

 フランソワは黙っていた。

 アパルトマンに着いた所で、私は当たり前の事に気づいた。

「フランソワ、私の居場所誰に聞いたの?」

 悪い予感がした。

 ビッツィーなら私の行動を予測していたかも知れない。その上で私を行かせたのではないか。


 螺旋階段を駆け上った。

 ビッツィーは部屋に居なかった。

 きっとテュールの部屋だ。私の剣幕に驚いたのか、それとも何かを知っていたのか、フランソワは腕を取って引き留めようとした。

「離して」

 振りほどいてテュールの部屋へ飛びこんだ。

 そうして私は、地面に倒れたテュールと、トビーの姿を見つけたのだった。かたわらにビッツィーが屈んでいる。床に白い粉のようなものが散っていた。

 自分でも信じられない様な声が出た。

「ビッツィー!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る