第48話 螺旋階段のトビー


 トビーがおかしな様子を見せたのは、丁度、私達がアパルトマンに引っ越した翌日の事だったから、深く印象に残っている。あれが最初だったと思う。

 アパルトマンで偶然出くわしたのだ。

 誰かに知らせる間もなく引っ越ししたばかりである。トビーからするとアパルトマンで私に会うとは思わなかったのではないか。だが分からない。その日の彼は話を聞ける状態ではなかった。

 遠目に姿を見た時には、別人かと思った。酔った様にふらふら歩いている。

「トビー?」

 私が声を掛けると、彼はゆらりと振り返った。階段の途中で立ち止まろうとして、一歩上ったり、踏み外したりしている。彼からは、微かにだが、甘くえた臭いがした。

「……やあ。えっと……やあ、こんにちわ。嬉しいです」

「危ない」

「うん。大丈夫。大丈夫さ」

 呂律ろれつが回っていない。私は真っ先にビッツィーを疑った。

「ビッツィーに会った? ビッツィーに何か貰ったりしなかった?」

「ビッツィー……なに?」

「お酒とか食べ物とか、後は――」

「わかりません、ごめんなさい」

 如何どうたずねて見ても、彼はそんな返事をするばかりだった。


 私はビッツィーへ訴えた。


「お願い。彼をあんな風にしないで」

 ビッツィーの答えはこうだった。

「私は私の欲しいものをるだけ。れはよく分かっているでしょう?」

 だから、あなたも、あなたの欲しい物を摂ればいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る