第46話 おひっこし


 トビーと私は如何どう云う関係だったろう?


 彼は演劇の事を話してくれたけれど、劇団に連れて行ってもらった事はない。彼の演劇仲間にも会ったことが無かった。

 此方こちらも素性を隠していたから、私達二人の会話はとても表面的なものだった。昆虫同士が触角でふれ合うような、臆病な付き合いだった。

 もし、お互いの良い所を十個挙げて見ろ、と誰かに云われたら、私は困った事だろう。トビーもそうだったに違いない。


 アパルトマンでは相変わらずすみっこに居た。

 親しく話すのはテュールだけだ。

 トビーもテュールには心を開いていた。何時いつもの様に言葉少なに話すのだが、時々私の知らない地名や人の名前が登場したりする。どうやら二人とも出身はコルベではない。もしかして同郷なのかなと思ったりもしたけれど、たずねた事は無い。

 親しくなるにつれ、私はトビーに対して遠慮勝ちになって行った。彼を質問攻めにしないよう自分を律する必要があった。彼とテュールが密かに目配せしているのに気づいた時などは特に。


 ビッツィーはアパルトマンで有名人になっていた。

 自称芸術家の集まる部屋に出入りし、更に自称業界人と云うトモダチとも接触していた。だが結局の所、彼女の興味が向いていたのはテュールに対してである。テュール。アパルトマンにオトモダチを所有する学生令嬢。

 きっと、ビッツィーは影で仕込みを進めていたに違いない。

 ついに彼女はこう云った。

「ノリコ、フランソワ。事後承諾じごしょうだくになったけど、今日から私たちテュールの所で暮らす事になったから」

 ビッツィーはアパルトマンの一室を手に入れていた。

 早速、オトモダチの中から屈強な男の子を数人、手伝いに雇って引っ越しを始めた。

 みの浮いた壁。曇った窓。何かでベタつく床。

 ビッツィーは蠱術こじゅつ製の美しいまゆおおった。大学から書物を運ばせ、オトモダチの誰かに貢がせた上等の椅子を設置した。

 手ぶらで引っ越して行った私とフランソワを、ビッツィーは果実の葉でれたお茶を飲みながら出迎えた。

「あなた達も飲むでしょ、お茶」

 側に控えたトモダチがお茶の用意を始める。彼らはとろりと濁った目をしていて、ビッツィーが号令を送ると頭をくるくる揺らした。


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