第41話 ノリピー


 テュールは学生だと云うが、彼女のトモダチには色々な職業、あるいは色々な無職の人が居た。

 若い人が多いが、中年に近いような人もちらほら混じって見えた。人種は類人猿サピエンス恋族こぞくも区別がない様だった。


「キミ、そのチラッと見える髪、不思議な色してるね。ちょっと見せてもらっていいかな」

「ごめんなさい、髪はちょっと事情があって」

「君たち喉渇いていないかい。サンドイッチもあるよ。ポケットに入れてたやつだけど、食べながら自然保護について語ろうよ」

「ええと……」

 皆が知り合いのように話しかけて来る。私の事をすでにトモダチだと思っているようだった。

 みんな独特な格好をしていた。それが御洒落おしゃれなのか、事情あっての物なのか私には判別できない。

 私が困っているとテュールが毎回助けてくれた。

御免ごめんなさいね。みんな興味を持つと話しかけずには居られないみたい。アーティストだから。でも断って貰って構わないからね。此所ここは色んな人種と、価値観が集まる自由の集まりなんだから」

「はあ」

 でも流石に指名手配犯を招き入れているとは思わないだろうなと私は考えた。

 そういえば偽名を名乗るべきだったかと後悔したがもう遅い。とはいえ皆、話しかけて来たりはするものの、本当に興味があってそうしている訳ではないように見えた。ただ自分の都合や思った事をまま口に出している感じだった。

 部屋の中で、トモダチたちは好き勝手にくつろいでいる。

 よく分からないことを話し合ったり、兎に角お酒を飲んだり、音楽に合わせてゆらゆらしたり、地面で眠ったり、もつれ合って笑い続けていたりする。

 正直、居心地は悪かった。

 フランソワも気を立てて、男の人が近づくたびお尻を蹴ったりしていた。が、それはそれで喜んでいるようなやからが一定数居たから、始末に負えない。

 名前も知らないトモダチが、食べ物やお酒をどんどん持って来てくれる。お金も要らない。テュールの親切だ、と云う。

 フランソワはモリモリ食べた。

 やがて満腹になると、ソファを占領してウトウトし始めた。私は心細くなって、何度も「もう帰ろう」と揺すって見るのだが、むずがるばかりで動いてくれない。

「男手を連れてきたわよ、ノリピー」

 困り果てていると、テュールが男の子を連れて手助けに来た。

 男の子は、華奢きゃしゃな体格をした恋族こぞくの男の子で、人狼の血統だと紹介されたけれど、顔は完全に動物のそれで、ふわふわした毛並みといい、涙のあとのような隈取りといい、私には狸の着ぐるみの様に見えた。類人猿サピエンスの男の人のように怖くはないし、私は好ましく思った。

「トビーです」

 彼はどもりながらそう名乗った。


 この世界では、まだ馬車が現役だった。

 トビーとテュールに手伝ってもらい、イビキをかいているフランソワを馬車へ押しこんだ。フランソワの方が大きいのだが、トビーは一人で背負えると云い張った。

 二人はホテルの部屋の前まで付き添ってくれた。

 逃亡犯として配慮が足りないのでは、と思ったが、テュールの話術に押し切られてしまった。ビッツィーも全然気にしない様子だった。そう云えば、友達が出来たら紹介して、などと云っていう人だった。テュールと和やかに挨拶を交わして、部屋に上げようとさえした。これはトビーが遠慮した。女性ばかりの家に、こんな時間にお邪魔する訳にはいかない、と云うのである。しかも一人は眠ってしまっている。人狼の血統として、そんな無作法は出来ない、と云う。恋族こぞくには血統を大切にする者が多いのだと後になって知った。その誇りがトビーの劣等感をあおっていた事も。

 二人は同じ馬車で帰って行った。 

「また明日。バイビー、ノリピー」

「ノリピー?」とビッツィー。「バイビー?」

「ノリピーになりました」と私は答えた。「え? 明日もって云ってた?」

「トモダチが出来て良かったわね」

 ビッツィーは笑っている。

 何だかカルベリィでもこんな事が有った気がする。

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