第40話 アパルトマン


 テュールさんは誰とでも友達のように話す、社交的な令嬢だった。話し方も学生的で鼻につく所も無い。

「やっぱり、見たことない生地かなあ……知らない言語のタグもついてるし……」

 フランソワから脱がせた制服を、テュールと店員さんは、興味津々に観察している。朝に取り替えて置いたので、れは私の制服だ。かなり恥ずかしかった。


 兎も角、制服がきっかけになって、テュールさんと知り合いになった。

 彼女達の質問に対して、私は曖昧あいまいな返事で通した。

 それで私なんかへの興味は失うだろうと期待していたのだけれど、テュールはそう云う人ではなかった。ちょっとでも会話した相手なら、自分の家へ招待せずには居られないと云ったタイプの令嬢だった。

 彼女の流れるような話術に頷いている内に、気づいたら、お家へお邪魔する事に決まっていた。

「じゃあ、私ノリピーと一緒に先に行ってるから。ノリピー、時間大丈夫でしょう?」

 テュールは店員さんにそう云うと、私の買い物袋を一つ手伝って、路面電車目指して歩き始めた。遠慮する暇も無かった。

「……ノリピー?」

 それに変な渾名が付いていた。


 案内されたのは、街の外れに建った、西洋式の集合団地アパルトマンだった。西洋式、と云うのは私の主観だが。

 その建物全部が、テュールの所有なのだと云う。

 この街ではかなり背の高い建物だった。

 ロビーへ入ると、ずっと上まで続く螺旋階段が目に入った。歴史深い塔のようだ。

 吹き抜けになったロビーだから、上の部屋から出入りする若者たちが、此所ここからでも見分けられた。やたら活気があって、学校か何かの様だ。

 ロビーを行ったり来たりする若者達は皆、手にグラスを持ったり、タバコを咥えていたりとリラックスした様子だった。おかげで空気は良くない。

「騒がしいでしょう? 初めは余った部屋を友達に貸しただけだったんだけど、その内どんどん増えちゃって」

 皆テュールの知り合いらしい。

 彼女の様子から察するに、アパルトマンは何時いつもこんな様子なのだろう。何かの行事で、今日だけ人が集まっている、と云う訳ではないようだ。

「ハイ、テュール。新しいトモダチかい?」

「テュール、今月ちょっとばかしヤバいんだが『トモダチ募金』から実際ほんの一寸ちょっとだけで良いんだが――えっ構わない? サンキュウ」

「やあ、こんにちは。新しいトモダチだね。ようこそ。此所ここは良い所だよ」

 ロビーにいるだけで、アパルトマンの人たちが話しかけて来る。そのうちの何割かは、とても優しい口調で私達に握手を求めた。そして、このトモダチの集まりが如何いかに素敵なものなのか、一々教えてくれるのだった。

此所ここはね、困っているトモダチや、まだ芽の出ていないアーティストのトモダチがお互い助け合って運営しているんだよ。私は皆の夢を応援するため、この場所を提供しているんだ」

 テュールは誇らしげにそう説明した。

「夢……」

 私には夢なんて無かったけれど、此所ここの人たちはれを持って生きて居るらしい。

 それから、私はトモダチ達の集まる一室に案内された。

 其処そこでトビーと出会った。

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