第34話 路面電車


 路面電車はゆっくりゆっくり進んで行く。

 目を離すとフランソワが吊り革で蝙蝠コウモリごっこを始めるので、私は抱き留めておかなくてはならなかった。

「遅いでしょう」

 ビッツィーが云った。

「燃料を使った動力があれば、もっと速く出来るんだけどね。これは魔術式を使って動かしてる」

「魔法? 運転手さんが魔術式を使って走らせてるの?」

「ううん。魔術装置って云った所かな。誰にでも使える代わり、其れなりの馬力しか出ない」

 この世界では、化学燃料や機械動力が厳しく規制されているらしい。

「昔は機械式が盛んだったんだけどね。でも戦争で負けて衰退しちゃったわけ」

「戦争があったの?」

「機械式を好むサピエンスやドワーフと、魔術式を発展させ始めたエルフ達の間での軋轢あつれきが原因だったと云われてる」

「それは昔の話?」

「サピエンスの感覚で云うと一昔かな。その戦争で一回人類は滅びかけたのね。それが機械式の兵器の所為せいだってなって、戦後は機械動力式は禁止。燃料も超規制されるようになって、代わりに魔術式中心の文化が発展したってわけ。警官エイポどもには特例で火薬の拳銃が支給されるけれどもね」

 先日の警官達を思い出した。確かに皆拳銃を持っていた。

「じゃあ自動車も禁止?」

「車も。つまり私のあれは完全に違法ってわけ」

 そう云われれば、ビッツィーはカルベリィでも、この街でも車を使っていない。人気の無い所で降りていた。

「魔術式は術者によっては無限の可能性があるわ。でも文明として使うと効率が悪いって云うのは、電車に乗ってみて分かったでしょう。速く移動したいなら、自分で如何どうにかするしかない。その為に私は術式を学んだり、車をパクったりするわけ」

「盗んだんだ……」

「まあねえ。あなたの世界ではどうやって手に入れてたの?」

「……え。分からない。盗んだりは無いけど」

 私にとって、前の世界は手に入らない物ばかりだった。けれど、私はこれまでビッツィーの様に自分から動いて、何かを手に入れようとした事は無かった。ビッツィーに着いて行けば、今からでも変わる事が出来るだろうか。盗みはどうかと思うけれど。


 向かいの座席に居た恋族こぞくの女性が、蜜柑を分けてくれた。

 虎柄の毛並みをした高齢の女性で、術式学校の教員をしているのだと云う。

 このコルベは港と学生の街なのだ。

「学生かあ」

 ビッツィーは思いを巡らせる様子で呟いた。

「と云う事は、色んな土地の若者たちが進学してくる訳だ。どんな子が居るのか楽しみね」

 そう続けた。

 とはいえ、今の所コルベは平和だ。

 ベタベタ歩くカップルが、ティーカップや蜜柑の辻斬りに遭う事以外は。

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