第27話 最上のもの


「あの子は歯止めが利かなくなってるみたい」

 ビッツィーはフランソワをそう評価した。

「でも、これから如何どうしたら良いかな」

「殺されかけたんだものね」

「それはもういいんだけど」

「……良いんだ?」

 私はこの件をどう扱うべきか迷った。領主様に報告すべきだろうか。

 実際問題、クラウス家の馬を一頭失っている。隠し立てするのも難しかった。

 それでも私が迷うのはフランソワの事だ。自分でも本当に奇妙なのだけれど、あんなフランソワに対して、私は友情めいたものを感じ始めていた。

 ビッツィーは特に決定を下さなかった。

「でも大丈夫、もう直ぐ終わりだから」

 どうせ村を去るのだから、そう云う意味だと、この時点では、私はそう理解していた。

 醸造昆虫じょうぞうこんちゅうの明かりを頼りに歩いて、クラウス家へ帰り着いた頃には夜が明けていた。もう誕生パーティー当日だ。

 ところが、クラウス家はパーティーの準備とは別の要件で立てこんでいた。


 庭園で村人達が議論を繰り返していた。まだ早朝。誕生パーティーを始めるには早い時間だった。

 若者が一人庭へ飛びこんで来た。皆は彼を取り囲んだ。

「やっぱり、アルミラの方も何処どこにもらんわ」

 話し合いを観察して分かったのだが、どうやらドイルさんがアルミラを連れて家出したらしい。選りに選ってフランソワの誕生パーティーの日に。

「駆け落ちというやつか知らねえ。実際に遭遇したのって初めてだわ。駆け落ち」

「駆け落ち」

 フランソワとドイルさんの関係を知っている分、私は混乱した。

「お帰りなさいノリコ。ご覧の通りよ」

 フランソワ本人は、何と云うか、流石さすがとしか云いようがない。私の無事な顔を見てまるで動じず、兄の失踪に対しても冷淡だった。

「臆病な人」

 それだけ吐き捨てた。

 母親であるクラウス夫人は狼狽うろたえていた。領主さんは毅然きぜんとした態度で皆を取り仕切ろうとした。

「皆、どうか落ち着いてくれ。なに若気の至りだ。何年か前にも似たような事があった。冷静になったら戻って来るだろう。それより折角せっかくだし朝食を召し上がって行ってくれ。今日はもう、皆仕事は良いだろう」

 このまま酒席へ持ち込んで、騒ぎを曖昧あいまいてしまおう、という思惑の様だった。

 実際、村人からは戸惑いの声も上がったが、お酒が始まると何時いつも通りになった。


 ビッツィーは目を細めてカルベリィの人々を見ている。

「今、はっきりしたわ」

 彼女は私にこう耳打ちした。蓮の香りが漂った。

「この村はね、今が一番良い時期だという事。今が一番豊か。芳醇ほうじゅん。ここを過ぎてしまえばもうダメ。落ちて腐って行くだけよ。結局、この土地の最上の果実はのフランソワなのだわ。それが今日はっきりした」

 どう云う意味なのか、まだ私には分からない。

 酔った村人達が、礼拝のように頭を振っている。ビッツィーの言葉に頷く様でもあった。


 こうしてトラブル続きのままカルベリィはフランソワ=クラウスの誕生パーティーへとなだれ込んだ。

 そして、この誕生祭の日がカルベリィ最後の日になるのだった。

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