第25話 素敵なひと


 フランソワは笑顔で話しかけて来た。

「ノリコ、明日の衣装を一番最初に見せに来て上げたわよ。どう。二人でお揃い」

「おそろい……」

 れを、彼女はパーティーのため作らせたドレスだと云うのだが、どう見ても私の学校の制服なのだ。全く同じに仕立てさせたらしい。会ったら謝ろうと思っていたのに機会を外されてしまった。

「えっと……それをパーティーで着るの?」

「ノリコと友達になった年の誕生パーティーに着るのなら、れがぴったりだと思わない?」

 フランソワは御機嫌だ。

 私は如何どう反応して良いのか分からない。

 あの夜の事を切り出すべきなのだろうか。それとも誕生パーティーを前に、全て無かった事にしましょうと云うフランソワのメッセージだと受け取るべきなのだろうか。

 切り出したのは彼女の方だった。

「この間は御免なさいねノリコ。この数日、私、仲直りの方法をずっと考えていたのよ」

 驚いた事に、彼女は改まってそう云うのだった。

「……あ、いえ、私の方こそ――」

「そうよね、良かった。じゃあ着いて来て。あ、今日は制服はダメね。乗馬に向いていないから。さあ着替えてくるからそれから出かけましょう。ノリコも馬が好きでしょう」

 話を聞かないところは相変わらずだった。


 一時間後、私たちは馬にまたがって山道にいた。

 フランソワの乗る白馬の尻尾が前方で揺れている。乗馬の経験なんて無かったけれど、フランソワの貸してくれた栗毛の馬はとても賢く、指示せずとも問題なく進んでくれた。

 浮き石をけて歩き、頭上の枝にも気をつけてくれ、小川を渡る時は、浅い所を選んで横断してくれた。栗毛の子は、たてがみを撫でてやると、私を振り返っておどけるように足踏みして見せた。

「もうすぐよ、もうすぐ」

 フランソワは目的地を教えてくれない。やはり馬は好きなのか、機嫌は良さそうだった。

 山道をかなり登った。空が近くなってきた。山を一つ越えてしまいそうな勢いだ。

 木陰に心地良い風が吹いた。フランソワは歌を口ずさみ始めた。



自由な鳥は、飛び立っていった

雛を残して、南へいった

雛は哀しく鳴くけれど

彼もやがては、飛んでいく

私を残して、旅立って行く

せめて自由に飛んで下さい

遠くへ

遠くへ

どうかままに飛んで下さい



 やがて上り詰めた所で視界が開けた。

 整地してあり、水飲み場がある。

 展望台になっているらしい。

 振り返るとカルベリィは山並みに隠れて見えず、前方にはまだ知らない土地が広がっていた。空は果てがない。

「ノリコ。此所ここへ」

 展望台のさくの前で、フランソワは馬を休めた。栗毛の子もその隣に止まった。私達は馬上に並んで景色を眺めた。

 フランソワが口を開いた。

「私、貴女あなたにぜひ話したい事があったのだけれど、でも如何どうしたらちゃんと伝わるのか、見当も付かないものだから、先ず私の知っている最上の物を貴女に差し上げようと思ったのよ。誠意の印に。それが、この領境りょうざかいの景色」

 私は改めて周囲を見た。此所ここはカルベリィと、外の領地の境目に当たるらしい。

 見渡すと、峠の道が裾野すそのへと伸びて、其処そこから林と耕地こうちが広がっている。そしてその向こうが隣の街だった。更にもっともっと向こうにかすんで見えるのは、あれは海だ。

「カルベリィに素敵なものがあるとしたらね、ノリコ。此所ここから見える外の景色だけなのだわ。そして本当は分かっているのよ。向こうの街の人も、遠くを見て私とおんなじ事を云っている」

 私は黙って聞いた。

 フランソワは続けた。私も静かに応じた。

「貴女の云った通りだと思う」

「何が」

「私きっと逃げられないわ」

何処どこから」

「私はカルベリィに作られたのだから。この線を越えて仕舞えば何も無い。私はただの小娘になってしまう。いいえ、それ以下。そして、きっと外の世界を素敵に楽しめるのは、自分自身が素敵な人だけなのだわ。れは私ではない。そんな風に成りたいけれど、今更変われはしないわ」

 フランソワは泣いていた。後々になって考えても、それは本当の涙だったと思う。だから私も罠にまったのだ。

 フランソワ。とても複雑な女の子。泣きながら愛馬を殺せる美しい女の子。

「ねえ? だからノリコ。外で生まれた貴女が此所ここに眠っていてくれれば、少しはマシに成ると云う物ではなくて? 貴女は外の一部なのだから。貴女がカルベリィの土になるのだから」

 鋭い音が響いた。

 フランソワが鞭を振るって、栗毛の目を打ったのだ。

 栗毛の馬が後ろ足で立ち上がる。

 フランソワがもう一撃鞭を入れると、馬は私を乗せたまま虚空こくうおどり出た。

「安らかに眠っていてね。村と自分自身のけがらわしさに耐えられなくなったとき時、私、会いに来るから」

 崖を落ちて行きながら、私はフランソワの声を聞いた。


 

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