第21話 去り去り
「まだ気に懸けているの。でも散々あの子に振り回されて、あなたは怒らないのねえ」
「怒る?」
「好い加減『寄って来んな馬鹿』って云うかと思ったのに」
「考えた事ない。怒って解決する事なんて今まで無かったから」
「そう?」
ビッツィーは眼鏡をかけた姿で室内を歩き回っている。
書物片手に、空いている方の腕を水泳のように動かして、ちょっとした体操をし、たまにくるりとターンすると、壁一面のメモ書きへ戻って行って、
要らなくなったメモは、破いて虫籠へ棄ててしまう。
ビッツィーは別の書物に取り掛かった。
五感を使って学ぶのがビッツィーの勉強法らしい。指で宙に図形を描いて、それを踊るような仕草で右へ左へ配置換えする。物を憶えたい時には、内容を果物に直接書き込んで、その匂いを嗅いだり、食べてしまったりする。急に歌い出す事もあった。そして、その合間合間に、私の髪をぐしゃぐしゃにしたり、肩を揉んできたり、
その間、私は世界史と地理の勉強をしている。フランソワが来ない時の一日は、だいたいこんな風だった。
それにしても、部屋は片付きつつあった。
彼女の興味は、カルベリィから離れつつあるのだ。
「ビッツィー」
「なんじゃー?」
ビッツィーは本から
「ビッツィー、本当にもう
「旅人はね、一つの土地に深入りしない事よ。村の人達が旅人に求めるのは、刺激であって同化ではないのよ。私たちは通り過ぎていくサーカスに過ぎないのだから、お祭りが終われば後腐れなく去って行くのが一番良いのよ」
すでに、フランソワの誕生会を最後に、カルベリィを発つと決まっていた。誕生会の席で醸造術を披露する約束だったから、それがビッツィーの最後の仕事になる。
私も、
「フランソワは村を出ると宣言している様だけれど、気にしなくて良いわよ。人はなかなか変われないものよ。自分で思っているのの十分の一でも勇気があれば、上等な方。だからお酒を飲むのね。
「……どういう意味?」
詳しく訊ねようとした時、ノックの音が響いた。フランソワ、ではない。
訪ねて来たのはドイルさんだった。
「フラン――いや、妹の事で少しいいかな?」
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