第19話 令嬢と私


 フランソワの襲来は連日続いた。

 思うに、彼女は私をしたっているわけではない。外から来た、ちょっと毛並みの違う家来が欲しかっただけなのだ、きっと。

 ただ、彼女にも彼女なりの鬱屈うっくつが在るには在った。その点で考えると、あの強引な接近は、一種の避難信号の様なものだったのかも知れない。もしかしたら。いや、勘違いかも知れないけれど。いずれにしろ、フランソワは素直に助けを求める様な、と云うより、窮地きゅうちにある自分を認める様な令嬢では決してなかった。フランソワは常に引かない。かえりみない。


 フランソワとのカルベリィ巡りは続いた。私は度々、フランソワ=クラウスと自分の違いを目の当たりにして行った。

 色々な所を案内して貰ったが、何処どこへ云っても、クラウス家が関わっていた。

 役場の裏の図書館へ行った。クラウス家の年代記が保存されていた。私の家には家系図すら置いてなかった。

 酵母こうぼ研究所を見学した。フランソワは会おうとはしなかったが、ドイルさんが所長をしているらしい。ドイルさんは都会の学校で酵母や魔術式を学んだらしい。私と私の弟たちは、進学はさせてやれない、と言い聞かされて育った。

 親戚の伯母おばさんはとても優しく、手作りのカルベリィ・パイを振る舞ってくれた。私の家族が親戚の家へ行くのは、大抵借金をする時だった。

 自慢の馬たちにさわらせてもらった。中でも美しい白馬は、十三歳になった時にプレゼントして貰った子なのだと云う。私にとって誕生日は親に気を遣うだけの日だった。

 フランソワは村の外について知りたがった。彼女は外と「自分の村」を比較したかったのだ。

 彼女はこんな尋ね方をした。

「ノリコの故郷にこう云う物はあった?」

 私は首を横に振る。

「どんな学校へ行っていた?」

「こんな人たちはいる?」

「こんな家は?」

 私はその全てに首を振り続けた。

 フランソワにとっての「この村」とは、彼女を大切にしてくれる、この状況のことだ。

 赤毛の友達や、アルミラにとっての「この村」とは別物だ。フランソワにとっての「家」と私にとっての「家」が別物である様に。

 地位もない。立派な家もない。資産はマイナス。進学もできない。フランソワは奪う側の人間だが、私は物を貰うと惨めな気持ちになる。

 フランソワは無邪気に続ける。

「ノリコのことも少しは聞かせてほしいわ」

 私がこの令嬢相手に、何を教えられる事があろう。

 考えた末、私は自分の家の中で、唯一価値のありそうな物について話し始めた。

 の巨匠、藤子不二雄先生の名作である。

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