第18話 コカ・コーラ式


 フランソワの後ろを歩きながら、私は機をうかがっていた。あの赤毛の子を見つけて、そっとブローチを返して仕舞しまおうと思っていた。

 だが、不審な動きをしていた所為せいでフランソワにあっさり気付かれてしまった。白状せざるを得なかった。

「やっぱりこれは返そうと思って」

「気に入らなかった?」

 この時点での表情からは、フランソワの機嫌は読み取れない。愛らしい令嬢の笑顔である。

「そうではないけど……そう、家のしつけでこう云う物は受け取れない事になっているから」

 私は思いつきでそう云いった。しかしまったくの嘘でもなかった。

 子供の頃、友達の誰かに玩具おもちゃの鏡を貰った。鏡を持ち帰ったのを見たて、母が最初に云った言葉は「あなた何所どこから盗んできたの」だった。

 私は、自分がどれほど物欲し気な顔で生きていたのか思い知った。それからは物を貰うと云う事に軽い恐怖症になった。


 フランソワはしばし目を細め私を見ていたが、やがてどうでも良くなったらしい。

「そう。しつけで。れなら仕方ないわね。それによく見るとダサいデザインよね、それ。いいわ。そのうち私が返しておいてあげるから」

 彼女はブローチを奪って歩き出した。この後ブローチがちゃんと持ち主へ帰ったかは不明である。


 お昼は外で食べた。

 確かにビッツィーの蠱術醸造こじゅつじょうぞう術酒を出せば、カフェで分厚いサンドイッチとカルベリィ茶にありつけた。

 フランソワは自分で飲んだ。

「あの女は嫌い。でもこれは飲んで上げるわ。村の古臭いお酒と違って素晴らしいわ。村の年寄り連中は葡萄酒ワインだけが本当のお酒だと思っているけれど、街の若い人たちはワインなんかよりこっちを好むのだわ。でもこの村はそんな事が見えていない」

 これは冷静な意見の様に、私には思えた。

 ビッツィーのお酒は喜ばれたけれど、村の大人達は、この手品のようなアルコール飲料と、伝統ある葡萄酒ワイン造りは、まったく別ものと考えていた。そしてその事を、隠そうともしなかった。外の物を無邪気に見下していた。

 ビッツィーのお酒は、お酒と云うよりコカコーラみたいに普及ふきゅうした。

「本当に下らない村だわ。まるで陸の孤島よ。それも自分達で良い物を閉め出してってるんだから、世話無いわ。ノリコもそう思うでしょう?」

 フランソワが云う。本気で腹を立てている様に見えた。

 私は気を遣って、そんなことない、素敵な所だと云った。

「は? 何処どこが?」

 フランソワはこだわった。

 私も後へは引けなかった。村で見たもの一つ一つを挙げてめ、最後に馬も素敵だったと付け加えた。なお、私が馬を見たのは、初日の酒宴で大暴れしたあの馬だけである。フランソワは立ち上がった。

「でしょう! やっぱりノリコは分かっているわ。とても手をかけている馬だもの。私、貴女あなたなら気づいてくれるって分かってたのよ」

 どうやら気に入る答えだったらしい。フランソワはご機嫌でこう云った。

「明日も二人で色んな所へ行きましょうね。楽しみでしょう? ノリコ」

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