第16話 アルミラほんとうかい


 村を案内してもらう間にも、色々な人がフランソワへ声を掛けて来た。着いて来たがる男の子もあれば、こっそり逃げて行く女の子もいた。意外な事、と云っては失礼だが、お年寄りの人達はフランソワを大層可愛がる様子を見せた。確かにフランソワには不思議な愛嬌の様なものが、あるにはあった。

 ところで、村の人に会ってまわって気付いたのは、村の人々の顔が皆、どこかに通っていると云う事だった。私が異邦人だからかも知れないし、風土によって顔が似てくる事も有り得るだろうと、この時は考えた。


 案内すると云いながら、フランソワ達は私にまったく構わず身内の話を続けている。

 詮索せんさくされるよりはずっと良い。と自分を納得させながら着いて行くと、一人の少女が歩いて来るのに行き当たった。

 畑仕事の途中らしい。農具だとか何かで一杯のカゴを抱えている。同年代に見えたが、汚れて質素な身なりだった。服は単に仕事着だったのかもしれないが、顔色の悪いのが気になった。

 フランソワに気づくと、彼女は明らかに逃げようとした。

 フランソワの声はその背に射かけるかの様だった。

「アルミラじゃないの」

 アルミラは篭を取り落として仕舞しまった。

 あくまで笑いながら、フランソワ達はアルミラを取り囲んだ。

「寂しかったわぁ。最近ちっとも見掛けないものだから。ご両親はお元気?」

 アルミラは強張こわばった声で応えた。

「死にました」

「あら御免なさい。御病気だったんですものね。私てっきりドイルお兄様がなんとかして差し上げたのかと思っていたわ。あなた私のお兄様ととっても仲が良かったんだもの」

 アルミラはうつむいて返事をしない。

 フランソワは、皆の前で彼女の衣服をつまんだり嗅いだりしてはずかしめた後で、次の矢を射た。

「ずいぶん、苦労しているみたい。でも貴女なら平気よね。何処どこかの殿方をたらしこんで助けて貰えば良いのだわ。何なら紹介して差し上げましょうか」

「おいおい俺はゴメンだぜこんなの」

 男の子の一人が大げさな悲鳴を上げる。

 周りの子たちもニヤニヤ笑った。

 耐えかねたのだろう、アルミラはフランソワを押しのけて走り去ろうとした。

「このゴミ拾って行けよ馬鹿」

 取り巻きの男が叫んだ。アルミラは立ち止まり、ついに涙をこぼした。

 どうやらフランソワとアルミラと、もしかしたらドイルさんの間で過去に何かあったらしい。

 アルミラに手を貸したものか、私は迷った。

 フランソワはもう飽きてしまったのか、歩き出していた。そうして私を急かした。試している様でもあった。

「行きましょうノリコ。私を待たせてそんな人に手を貸したりしないでしょうね」

 私は心の中に失望が広がっていくのを感じていた。此方こちらの世界でも人間の醜い部分は同じだ。

「早くしてノリコ」

 決断できないまま、偶然に助けられた。

 馬で通りかかったドイルさんが割って入ったのだ。

「君たち何をしているんだ」

 学友達が戸惑った顔をした。同じクラウス家ならフランソワより長男であるドイルさんの権力の方が強い。

 フランソワだけが傲然ごうぜんと胸を反らした。

「何も。友達としてお話していただけですわ、お兄様」

「本当かい、アルミラ?」

 ドイルさんは馬から下りて、アルミラのために農具を拾ってあげた。

 しかし、ここで「虐められていました」と答えられる子はそう居ないのではないか。アルミラはドイルさんを押しのけて走り去ってしまった。

 ドイルさんはその後ろ姿を見送ってから、フランソワを振り返った。

 フランソワは引かない。

「何か?」

 結局、溜息を吐いたのはドイルさんの方だった。彼はそれ以上の追求を諦めて去って行った。アルミラを追ったのかも知れない。どうも、彼はフランソワに対して強く出られない様だ。

 フランソワは軽蔑けいべつの目で兄を見送っていた。


 一日が終わった。

 私の報告を聞いたビッツィーの感想はこうだ。

「村には村の、家には家の力関係があるからね」

 何だか薄情に聞こえた。

「でも私、どうしたら良かったんだろう」

「何もしないのが一番」

 ビッツィーは濃い色のお酒を舐めながら革表紙の本を読んでいる。クラウス家の蔵書を借りているらしい。

 そこへ、ノックと同時にドアが開いた。そして同意も求めずフランソワが入って来た。

「ノリコ、今日は楽しかったわね。明日は別の所を案内してあげるからね。どうせ暇でしょう」

「あの私、確かに予定はないけれど……」

 口にしてから失敗と気づいた。フランソワに対して、この受け答えは承諾しょうだくと同じ事なのだ。

「じゃあ付き合ってくれるのね。そう云ってくれると思っていたわ。外から来た人間に大きな顔されるのは嫌いだけど、ノリコのことは気に入ったわ」

 彼女は私の手を取って、ぴょんぴょん跳ねた。私は為すがままになるしかない。

「特別な事よ。私はこんな事云うのは」

 そうして彼女はビッツィーへ対しては舌を出して見せ、私へは「朝早く起きていてね」と云うと、振り返りもせず去って行った。嵐のようだった。

「明日もかあ……」

 溜息を吐いた時、またドアが開いた。フランソワが顔を出した。

「そうそう。あなたのこと気に入ったから、私の誕生パーティーにも呼んであげるわね」

「……ありがと」

 今度こそ走り去っていく足音が聞こえた。

「凄く素敵なお嬢さんじゃない?」

 ビッツィーはまたニヤニヤしている。

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