第15話 カルベリィの末姫


 葡萄ぶどう畑の坂道を歩いて下りながら、フランソワは葉に付いた害虫を素手で潰した。それから手を拭って、使ったハンカチは畑の方へ投げ捨ててしまう。それで平然としている。

「私、いつもは此方こちらの道は使わないのよ。坂が急で馬が嫌がるから裏の道を選ぶわ」

 恐らく、貴女の足に合わせてあげているのですよとう主張なのだろう。

「今度は一緒に馬で遠出しましょうね。大丈夫よ、賢い馬だからノリコでも乗れるわ」

 これも私の返事を待たないし、此方こちらを振り返りもしない。この令嬢は自分の都合にしか興味がない。


「フランソワこんにちは」

「今日も素敵ねフランソワ」

 村のカフェへ行くと、フランソワの元に若者達が集まってくる。レコードの音楽が掛かっていて驚いた。この世界にもレコードプレイヤーは在るらしい。

 カフェには結構な数の若者がたむろしていた。

 カルベリィでは、畑や酒造の都合で学校の休みが決まっているのだと云う。

 今は、その休暇の期間らしい。家の仕事を手伝うための休みの筈だが、その割に若者たちは暇そうにしていた。

 かく、この土地は葡萄酒ワインを基準に廻っている。れは詰まりクラウス家が中心だという事でもあった。カルベリィの葡萄ぶどうを取り仕切っているのはクラウス家なのだから。

 若者達の態度からは、フランソワの機嫌をうかがうう様子がありありと見て取れた。


「フランソワ、その服は街から取り寄せたの?」

 友達の女の子がすかさず服装をめる。

 確かにフランソワの衣服は周囲より目立っていた。同じクラウス家のお姉さん方ともおもむきが違う。

 乗馬服に似た格好だった。ウエストが高く、フランソワのスタイルを引き立てていた。

 男性的な格好が好きなのか、あるいは、馬の話をしていたし、本当に乗馬服なのかも知れない。私に服の善し悪しは分からないが、皆はかく褒めていた。

 フランソワはあふれる賞賛しょうさんを当たり前のようにいなして、

「それより皆、ノリコの服を見て。私が見繕みつくろってあげたのよ」

 学友たちは、それでようやく私に気づいた様子だった。皆がすかさず褒めはじめる。もちろん私ではなくフランソワの仕事をたたえているのだ。私は実に居心地が悪かった。

「素敵、都会の人みたい」

「センスが良いわ」

 フランソワはそれも当然と受け流してから、取り巻きのうち、赤毛の女の子へ狙いを定めた。

「貴女も良いブローチをしているわね」

 相手は戸惑った様子を見せた。怖がっている様ですらあった。

「あ、ええ、ありがとう……」

「それ素敵ね」

「ええ……私も気に入っていて――」

「とても素敵。ねえ皆」

 フランソワは繰り返した。相手はしばら口籠くちごもったが、諦めたのか。ブローチを外してフランソワへ差し出した。

「……好かったら、これフランソワに差し上げたいわ」

「あら、良いの?」

 フランソワは躊躇ためらいなくブローチを奪い取ると、事もろうに、れを私の胸につけた。

「やっぱり! ノリコに良く似合うと思ったのよ。そうでしょう皆。良いと思わない?」

 皆はまた褒め始めたが、流石さすが躊躇ためらいがちだった。ブローチを取られた赤毛の子だけは黙っていた。

「良かったわねノリコ」

 もちろん私は抵抗した。

「こんなの貰えない」

「私が差し上げると云っているのよ。ねえ、構わないわよね?」

 赤毛の子はゆっくり頷いた。笑みを作ろうと苦労しているのは明らかだった。

 けれど、フランソワはそんな事を気にする令嬢ではない。にっこり笑って機嫌を良くした。

「さあ皆、行きましょう。今日はノリコに村を案内してあげるのだから。私って親切でしょう?」

 みんな頷いた。何人かは赤毛の子になだめる様な仕草をして見せた。

 この場で固辞こじし続けても、フランソワは譲らないだろうし、皆が苦しい思いをするに違いない。私は黙っていた。代わりに、赤毛の子へ『あとでちゃんと返しますから』と目配せを送ったが、伝わったかどうか。

 もう帰りたかったが、フランソワの親切はまだまだ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る