第7話 カルベリイの雫
クラウス家のお屋敷は立派だったが、華麗さよりは
壁には
それでもキャラメルの空き箱みたいな家に住んでいた私からすれば、豪勢で美しい建物だった。
ベルを鳴らして待つと、使用人が出て来て庭園へ案内してくれた。
芝生の上にテーブルがあり、お茶の用意が整っている。私達が来るのを
庭を眺めながら領主さんを待った。ビッツィーはやっぱり色々な物を観察したり口に含んだりしていた。植物もそうでない物も。
使用人さん達は、よく太って顔色も良く、都の流行などについて色々質問してきた。
その勢いといい、若者を太らせようと焼き菓子を押しこんでくる感じといい、パートのおばさんを相手にしている様だ。それに、彼女らは村での私達の行動を、恐ろしいほど
やがて領主さん一家が現れた。
私達は立って挨拶した。
領主さんは
受け取ったグラスを、陽に透かして点検してから、
領主さんは無言の
果たし合いのような緊張感が漂い、皆が黙った。
一口飲むと、ビッツィーは「おぉ」と声を漏らした。目を閉じて味覚を研ぎ澄ませる。
これから始まる味覚描写が、どれほど正確なのか、というか真面目に云っているのか、それさえ私には分からない。壮大な事を云っている様ではあった。
「これは……蒸気立つ
この調子である。
誰も笑っていなかったので、こういう表現文化が、この界隈にはあるのだろう、と納得する事にした。
更にビッツィーは歌劇的な動作さえ交えて、
「そしてこれは
一気にそう結んだ。
使用人さん達がうっとりと息をつく。良い表現だったらしい。
カルベリィというのは、地名とお酒の銘柄両方の事だろう。つまり、ビッツィーが云ったのは「美味しい。これはカルベリィ産のお酒ですよね」ほどの意味だったと思われる。そう云えば良いのにと思う。
「それだけか?」
領主は
ビッツィーは首を振った。
「素晴らしい
「ほう」
「『カルベリィ』は素直な味わいが売りのはず。これほど複雑な味わいは流通している『カルベリィ』ではあり得ない。しかも深い味わいの中に、どこか明け透けな、そう打ち解けた感じがある。まるで一流の料理人の造る家庭料理のような。これは……『
領主さんはビッツィーをまじまじと見た。
次の瞬間には
「その通り。
「『奥畑』のものを振る舞って頂けるとは、こんなに嬉しい
「つまり君たちも身内同然という事だ。部屋を用意させるから家族のような気持ちで滞在していってほしい」
それから領主さんは、使用人の一人一人にいたるまで順番に紹介してくれた。彼にとって「家族のような」とは使用人も、それどころか村の全員を含んでいるのだった。
御領主とその奥方、長男、長女、次女と続いて、末の娘さんが紹介された。この一番美しい令嬢は、一人だけ詰まらなそうにした
「フランソワ」
奥方が叱った。何となく白けた雰囲気が場に漂いかけた。
「今年のカルベリィはまだでしたね」
ビッツィーが横から云った。
事の時は、気を利かせて話題を変えただけに見えた。
領主さんが応える。
「新酒はまだ仕込んでいるところだ」
「どんなお酒になるか楽しみですわ」
ビッツィーはフランソワを見つめてそう云ったのだった。
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