第8話 醸造師のテーブル


「では、つたなながら私の方からも」

 ワインのお返しに、ビッツィーは魔術を披露ひろうした。醸造じょうぞう術士の肩書きは嘘ではなかった。


 テーブルを巡って彼女は、舐瓜メロンに似た果実を選んだ。

 その外皮を指でなぞる。工芸職人の筆さばきみたいに切れのいい動作だった。マニキュアが不思議な色合いに光った。

 仕上げに彼女は、果実をバスケットボールみたいにくるくると回した。

 何時いつの間にかストローが突き刺さっている。あの胸の四次元ポケットから取り出したのだろう。派手な色をしたストローだった。

 彼女は丸のまま舐瓜メロンを奥方へ差し出した。

「さあ。お好みでちょっと振ってやると醸造じょうぞうが進みますよ」

 ストローで吸えという事らしい。

 夫人は戸惑い半分、興味半分の様子だったが、うながされると、ストローに口をつけた。それから目を丸くした。

「おいしいわ。強さも私にはちょうど良い」

「それはよかった」

 ビッツィーは同じ様にして一家にお酒を振る舞った。

「本当、飲みやすいわ」

「面白い。今のは酵母こうぼを扱う魔術式ですか?」

 長女と長男も続き、最後に飲んだフランソワも表情を変えた。

 領主さんは興味を示した。

即席そくせき醸造じょうぞうさせたのか。此処ここまで出来る醸造じょうぞう術士じゅつしはこれまで会った事がない。まあ醸造術士自体初めて見たのだがな」

 ビッツィーはテーブルの上の物を次々と美酒に変えて行った。梨に、かぼちゃ、ミルク、パンまで。

「さあさあ、何かリクエストはありますか。『カルベリィ』のお返しにはこれくらいでは足りませんよ。お望みなら、蛙の脳ミソだって美味しいお酒に変えて御覧にいれますよ」

 一同が笑って、場の雰囲気は一気に明るくなった。

 やがて、村の人々が手土産をもって現れた。

 彼らすべてに、ビッツィーはお酒を振る舞っていく。


 庭園はお祭り会場のような騒ぎになった。

 人々は醸造術じょうぞうじゅつを一目見ようとビッツィーへ押し寄せた。

 私の方は離れた所に控えていた。避難したと云っても良い。

 華やかな場に慣れないのもあったし、男の人が沢山いてすくんでしまったのだ。どうしてもトロイメライの時間を思い出してしまう。

「この村では、庭で客人をもてなす風習があるのです」

 背後から声をかけられて、私はとっさに飛び退いてしまった。

「失礼」

 立っていたのはクラウス家の長男、ドイルさんだった。末妹のフランソワと同じ系統の、美しい顔立ちをした男性だった。

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