第4話 喫するは杏の味


 あんずに似た木々のなかを進んだ。

 ビッツィーは歩きながら果実をぐと、それをしばらく手の中で転がしてから、何個かまとめて私にれた。

「種まできっするのが通なり方と云うものよ」

「キッス?」

 果実は指のあいだからとろけるかという程、柔らかかった。数秒前にはまだ固そうに見えたのだが。かじる、というより吸ってみると、とろりと甘く、わずかに鼻へ抜ける刺激があった。お酒だ、これは。発酵はっこうしている。

 この熟れたと云うには行き過ぎた果実を、ビッツィーは美味しそうにきっした。柔らかくなった種まで食べて仕舞しまった。

 色々考えていた質問を聞きそびれて終わったのは、アルコールの所為せいでもあったのだろう。

 

 カルベリィの村は丘の上にあると云う。私には知らない地名だった。どういう漢字を当てるのだろう等と考えた。この時の私はまだ、この土地を日本の何処どこかだと信じこもうとしていた。

 道路に出たが、石畳が敷いてあれば良い方だという路面状況。ガードレールも標識もない。土の道をビッツィーはヒールで軽々進んでいく。

「あとは道なりで着けるはず」

「はず?」

「行ったことないから。有名な葡萄酒ワインの産地だから憶えてただけ。興味はあったから丁度良いわ」

 私たちはカルベリィへ向かう。それは分かった。しかしれから如何どうするのだろう。私はその村の警察にでも届けられるのか。

「これから、私どうなるんでしょう」

 ビッツィーの答えはこうだった。

「もちろんカルベリィの葡萄酒ワインきっするのでしょうよ」


 やがてカルベリィへ着いた。しかし「珍しい粘菌をみつけた」などとビッツィーが云いだして、道をれてしまったものだから、辿り着いたのは村の出入り口ではなく、崖だった。この急斜面の下がカルベリィである。

「やっぱりさっきの道を――」

 引き返そうとする私の肩を、ビッツィーが抱き留めた。

 さらに、草叢くさむらに転がっていた丸太を、傾斜けいしゃの側まで蹴って行った。それだって誰かが薪にでも使うのに切って置いたに違いないのだが、ビッツィーはそんな事を気にする女性では無かった。

 爪先で丸太を弄んで、好みの角度に調整すると、私を抱いたまま飛び乗った。

「ビッツィーさん?」

 ビッツィーは満面の笑みを浮かべている。

 丸太は斜面を降り始めた。と云うより滑り落ちて行った。

 私は悲鳴を上げ、ビッツィーは口笛を吹いた。

 ビッツィー。

 常に刺激を求める女性。それも他人を巻き添えにして。

 この丸太のソリでの入村が愉快でなかったか、と問われれば、私は楽しかったと答えるだろう。

 ビッツィー体は温かく、頼もしい生命力に満ちていて、風のうなりが私を開放的にした。生きている、自由を得たのだという感じがした。


 私たちは声を上げて笑ったが、後に起こる事件を考えれば、これはカルベリィにとって破滅の喇叭ラッパとでも云うべき前触れとなった。


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