第39話

呆れたように俺が告げるとな、マスターが苦笑いして告げる。


「それがですな、先方の要望らしいのです」

「はぁ?

 マユガカが棲息する森への移住がか?」

「そのようですな」


いや、意味が分からんし?


「いやぁ、私も最初に伺った際には、耳を疑ったものです。

 まぁ、理由を知って、そのようなこともあるのかと」

「ふむ、理由があると?」

「さようで」


マユガカが住まうような危険な地に住まう理由かぁ…

マスターは納得してないみたいだし、どんな理由なんだ?


「住まわれるエルフ族の方々なのですが、フォリゾン・エルフと呼ばれる系統の方々らしいのですよ」

「フォリゾン・エルフ?

 初めて聞くが…フォレストではなく?」

「ええ、フォリゾンとのこと。

 聞き及んだ範囲では、魔法文明期に魔法使いにより改良されたハイエルフの末裔とか」


いやいや、それって…改造とか人体実験てぇヤツじゃぁ…

まぁ、相手を慮って改良ってんだろうから、黙っておくかね。


「そんな彼らは、ある植物の実が生きるためには必要となるらしいのです」

「それなら、育てれば良いだけだろ?

 エルフは植物系統の精霊魔術に精通しているだろうに」

「それが…彼らが言うには、肥料としてマユガカの体液が必要らしいのですよ。


 そのためマユガカを飼育していたところ、邪悪と断じられ討伐されそうになったそうです。


 なんとか一族欠けることなく逃げのびたらしいのですが、流石にマユガカを連れて来ることはできなかったようでして」


いやいや、そのエルフ…大丈夫なのか?

問題だらけの隣国ではあるが、流石に、この件はなぁ…


「俺はマユガカを目の前で見たことがあるが…あれは化け物だぞ。

 戦ったらな、普通の剣じゃあ歯が立たず弾かれるだろうよ。


 あの無機質な目で見られただけで…おぞましい。

 あの鋭い刃のような鎌を掲げ、高速で飛来する死神だ。

 あんなのを飼うだなんて、正気の沙汰とは思えんな」ったらな。


「まぁ、そうでしょうな。

 だが彼らも生きるためなのです。

 魔法文明期に先祖が、そのようにされてしまい、他のエルフから追われる身と。

 故に隠れて過ごしていたそうなのです」


まぁなぁ、エルフからしたら異端だろうし…


「ただ、彼らが育てる植物が素晴らしいとのこと。

 その植物を用いれば、様々な薬が作れるのだとか。


 エリクサーやアンブロシアなどの神話に出てくるような神薬クラスの薬。

 欠損部の復元に、どのような病をも癒す薬、全ての状態異常を解除可能な薬などなど。


 条件があるそうですが、死者を蘇らせる物や若返りの薬さえ作ることができるそうですぞ」


「いやいや、本当の話なのか、それ?」

明らかに眉唾ものだよな。


「実は、王家にて確認済みらしいのですよ。


 引退した先王が試されたのだとか。

 病にて先がない状態のため、ならば、と。

 すると…病が治るばかりか若返りなされましてな、ご領主様の食客として、ご滞在とのことです。


 状態異常などにて引退した兵に薬を与え、異常が解除されるかも確認されましてな。

 そんな彼らを率いて、隠居漫遊の旅路を楽しんでおられるのだとか。


 まずは恩人のエルフ一族を護衛がてら、この地へ来られたそうなのです」


突っ込みどころ満載だな、をいっ!

しかし…そんな方には会いたくねぇな。

絶対に面倒ごとに巻き込まれるに決まってからなっ!


「それで本題なのですが」

「をい」

「ご休暇中とは、存じ上げておりますが、聞くだけ聞いていただけませんか?」


う~ん…マスターには、色々と世話になってっからなぁ。


「聞くだけだからな」ったが…早まったか?


「忝なく。


 実はですな、フォリゾン・エルフの方々が飼われるマユガカは、野生種ではないのです。


 卵から孵す必要があるらしいのですが…生憎なことに卵が手元に無いらしく、困ってられるのだとか」


「んっ?

 前に住んでた所から、持って来なかったのか?」


「実は、旅の途中で割れたり孵化したりして、残ってないらしいのです。

 旅にマユガカの幼虫を連れ歩けば、危険な者として討伐あつかいになりますゆえ、しかたなく処分したのだとか。

 それに、マユガカが住まうに適した場所でないと、卵が腐ったり、干からびたりするそうで」


「育てたいとは思わんが…そら、難儀だな。

 だからマユガカが棲息する森なのか…

 環境が整ってるだろうからな」


「さようでございますな。

 つまり、卵が有れば、問題は解決すると、言う訳です」


卵の用意ねぇ、そら容易ではあるまいよ。

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